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2021.08.06

バレンティーノ・ロッシ選手が走った同じ道を走った

https://yukky.txt-nifty.com/photos/uncategorized/e8cv1b_viaixdy-thumb.pE8cv1b_viaixdyng?1628188761132
(2009年 マン島TTレースにて、ジョン・マクギネス選手、ジャコモ・アゴスティーニ氏とともに。photo by Yuki KOBAYASHI)

バンレンティーノ・ロッシ選手が引退を発表しました。

ロッシ選手と言えば、2000年の鈴鹿8耐に自分が監督として初参戦したとき、実は同じ舞台にいたのでした。
そのときは無我夢中で、ロッシ選手の姿など気にする余裕もありませんでしたが。

ロッシ選手が2009年のマン島TTレースに来たときは、世界グランプリのレジェンド、ジャコモ・アゴスティーニさん、そしてマン島TTレースの現役最多勝利の記録を持ち、のちにチーム無限でわたしも一緒に仕事をすることになるジョン・マクギネス選手との3ショットを見かけて撮影したり。

https://yukky.txt-nifty.com/photos/uncategorized/e8cv1b_viaixdy-thumb.png?16281889024E8cvogavoaezbzt04

(我がチームは初参戦のときはゼッケン28番)

また、日本グランプリのサポートレースに、わたし自身、何回も参戦していまして。

1998年は鈴鹿サーキットで行われた日本グランプリのサポートレース、スーパーネイキッドクラス。

2007・2008年は2年連続で優勝したツインリンクもてぎの日本グランプリのサポートレース、レディスレース。

どちらも前座レースではなく、後座レースというか、モトGP決勝後に行われたため、決勝終了の興奮さめやらぬ中、バレンティーノ・ロッシ選手が走ったそのコースをわたしは走ったのでした。

(どのレースもサポートレースのため、公式なリザルトが残っていない)

ノリックのお葬式に寄せられたロッシ選手の弔辞も忘れられない。
どんなにかノリックが彼のアイドルだったか。

そんなロッシ選手と言葉を交わしたことすらないのだけれど、自慢と言えばなんといっても、バレンティーノ・ロッシ選手とわたしは誕生日が同じ2月16日であること。
速そうな誕生日でしょ。

……というわけで、早々ではありますが来年も2月にイベント 「ゆきズムじゃんぼりー」を横浜で開催予定です。
すでにテーマやゲストもあらかた決まっており、あとは収束を願うのみ。

ロッシ選手の勇姿を日本グランプリで観れないのは残念過ぎるけれど、今シーズンの最後まで彼の闘いをネット等で見守りたいです。

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