G-FP2DF1P69Y 週の始めの2時間のおしゃべり: 小林ゆきBIKE.blog

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2017.10.23

週の始めの2時間のおしゃべり

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毎週月曜日は午前中、英語のプライベートレッスンを受けていた。

もともと英語が得意というわけではなかったけれど、文化人類学の研究のフィールドをマン島にしてしまったことで、それなりに勉強はしていたものの、独学での限界を感じていた。

2012年からチーム無限・神電プロジェクトのアドバイザーをすることになり、いよいよ必要に迫られて、英語の講師を探してみた。
何人かの講師にトライアルで会ってみたものの、カリキュラムをしたがる人、ビジネスライクな人、さまざまで、なかなか合う人にめぐり合うことができなかった。

そんな中、デイビッド先生は最初からウマが合った。
初回のレッスンから異例の2時間もの時間、いろいろな話で盛り上がった。

デイビッド先生はイギリス陸軍の退役軍人で、現在の奥様が日本人なので、リタイア後に日本に移住してきたという。在住6、7年は経っていたと思うが、日本語はからっきしダメで、挨拶程度の簡単な日本語しか話せなかった。

いっとき、日本語教室に通っていたこともあるが、某国の受講生の態度が悪いとかで、すぐに通うのをやめてしまっていた。

しかしながら、外国語講師として成り立っていたのは、ボーディングスクール出身のエリートで、軍人時代は海外駐在も多く、グルカなど傭兵と接する機会も多かったこと。

キャリアの最後は刑務所に出向していたそうで、これまた外国人と接する機会が多かったこと。
そして、外国語講師資格も持っていたということで、相手の母国語を介さなくとも英語を教授するスキルを持っていたのだと思う。
先生が日本語を介さなくとも、ほぼレッスンはきちんと成り立っていた。

よく、わたしが英語に詰まると手持ちの電子辞書に頼ろうとしてしまうのだけど、先生はそれを手で制して、

「なんでもいいから英語で知りたいことを説明してみて」

と言うのが定番だった。

レッスンは毎週月曜日の午前中に設定してもらっていた。自分自身、週のアタマに気持ちを切り換えられる何かが欲しかったからだ。

レッスンは駅の近くのカフェで会話しながらというかたち。先生はたいてい、時間よりうーんと早くに到着し、iPadで新聞や電子書籍などを読みながら優雅に朝食を摂るのが定番だった。

「今日もバイクかい?」

と笑顔で迎えてくれるのが、これまた定番の挨拶言葉だった。

席に荷物を置き、自分の飲み物を注文し、席に戻ると「先週は何してた?」から始まるレッスン──、というか、ほとんどおしゃべりに近い会話が始まる。
会話しながら、知らない単語、間違えていた言い回しなどをノートしていく。

仕事や研究の必要に迫られて、英作文のチェックをしてもらったり、スピーチの発音やアクセントのチェック、英文読解などなど、その時々の課題に付き合ってもらうこともあったけれど、もっぱらレッスンはタイムリーな話題に関するおしゃべりから広げていくことが多かった。

先生の博識ぶりは半端なかった。

先生はバイクに乗らない人だったけれど、ノートンの話をしようが、BSAの話をしようが、マン島の話をしようが、キャブレターの構造の話をしようが、なにからなにまで枝葉を広げてくる。

ときどき思い出したように、言い回しや文法、発音やアクセントの間違えなどを指摘してくれるのだけど、先生が一番気にかけてくれていたのは、「いかに伝えるか、伝わるか」だったと思う。

よく、「イギリス人には伝わらない」ということを言っていた。
たとえば、中学校のことを日本ではjunior high schoolと習うけれど、イギリスでは中学校の概念はないからそれでは伝わらないとか、そんなようなことだ。

英会話のプライベートレッスンというと、1回30分程度が普通なのだけど、先生はまったく時間を気にしなかった。
気にしないどころか、1時間半、いや2時間に迫ろうかというところで、いつもわたしが「先生、そろそろ時間が……」と声をかけないと、話が途切れない。それくらい、先生との“おしゃべり”はとても楽しかった。

2時間ものレッスンだから、さぞかし金額が高いだろうと思われるだろうけど、レッスン料も破格の安さだった。
ちょっと言えないくらいの金額。交通費とカフェの朝食代は先生の自腹だから、ぜんぜん儲けにならなかったと思う。
渡されたレッスンフィーは袋のままカバンにしまい、帰りに銀行に預けてしまうのだという。軍人恩給があるから、レッスンフィーは銀行に預けて奥様のために残すのだそうだ。

先生と毎週会うようになって6年。
単なる先生と生徒というより、その関係は友達に近くなったのだと思う。
普段のうっぷんが溜まっているのか、皮肉が粋と思っているイギリス人ならではなのか、ときには、コノヤローと思わないではない言動もあった。

先生が一番エキサイトするのは、交通問題。

「なんで日本人は歩行者を優先しない! これだから日本は……(ぶつくさ)」

こうなると、手に負えない。
わたしは心の奥で、

(これは英語のレッスン、これは英語のレッスン……)

と念じて、先生の日本&日本人バッシングの嵐が治まる待つ。
日本人と結婚し、日本に移住してなお、イギリスさいこー! なデイビッド先生。
マン島ですら馬鹿にする態度に辟易しつつも、いかにもイギリス人っぽいなと苦笑するしかなかった。

ときには、口論に近いやりとりになることもあった。
そんな経験をも通じて、ようやく英語が苦にならなくなった。


奥様やその子供たち、その旦那さん、最近生れた孫。家族のことをよく話してくれた。
物心つく前に父親を亡くしたからか、家族をとても大切にし愛している先生だった。

「ゆきがボクの奥さんじゃなくてホントに良かった!」

やれレースに出るだの、遠方に出張だの、北海道ツーリングだの飛び回っている話をすると、決まってこういう風に言うのだった。

9月のレッスンのとき、初めて奥様との馴れ初めを話してくれた。
ちょっとここには書けないのだけど、運命的な出会いだったのだと思う。大恋愛だったのだと思う。
日本に移住する決断はたいへんなことだったと思うけれど、その分、“幸せ”を大切にしていたと思う。
先生の暮らしぶりはとても質素で、旅行にも行かず、散財もせず。
何十年か前のベルスタッフを丁寧にメンテナンスして着こなしていたり。

10月は取材やら締め切りやらで忙しくて、しばらくレッスンを休んでいた。
次のレッスンの予定をいつものようにメールしたのだが、いっこうに返事が来なかった。
かなりマメに連絡をくれる先生なのにどうしたのだろう……そう思っていたとき、メールが来たのだけれど、いつもと違って、日本語のメールだった。

頭が混乱した。

奥様からのメールだった。
10月5日に心筋梗塞で亡くなったとの知らせだった。
なにかの手違いで連絡が遅くなってしまったとのことだった。

本来なら今日、10時からいつものカフェで先生に会えるはずだった。

今週予定されている外国人とのミーティングの予習のおさらいをしてもらうはずだった。
今度発売されるClubmanの話もしたかった。
また来年のマン島TTに向けて、毎週毎週、レッスンという名のおしゃべりをするはずだった。

葬儀に出られなくてまだ信じられないけれど……。

ゴボウが大嫌いだったデイビッド先生。今までほんとうにありがとうございました。

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「日本人ってすぐピースするよね」

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