なぜ、学校教育で交通教育が満足に行われていないのか?
家を一歩出れば、赤ちゃんから高齢者まで全ての人が「交通社会」の一員となります。
交通は、近代国家においては「道路交通法」(日本の場合の名称)など、法律によって国が統制するのが基本的なシステムとなっています。
生きていくために必ず知っておく必要がある交通ルールですが、日本の学校教育の場では、交通安全教育や道路交通法が満足に教育されているとは言えません。
なぜなのでしょうか?
●そう言えば、子どもの頃受けた交通安全教育ってこんなんだったよね
本題に入る前に、自分が子どもの頃、どうやって交通安全に関する教育を受けていたのかを思い出してみました。
・2歳ごろ、三輪車デビュー。親が公園や路地などで見守りながら、三輪車の運転の仕方を覚えていった。道路を単独で走ることは許されていなかった。(我が家の場合)・5歳ごろ、子供用自転車の補助輪付きに、親の指導で乗るように。あくまで公園内で運転操作を覚えるためだけに自転車は存在していた。
・小学校入学前、補助輪付き自転車から補助輪を外す訓練を、親の指導の元、行う。補助輪無しで運転できるようになっても、道路を単独で移動することは許されなかった。
・幼稚園にて、年に1度くらい、警察官がパトカーでやってきて交通安全講話をしていたような記憶がある。
腹話術でのお話やら、「右を見て、左を見て、もう一度右を見て、手を上げて横断歩道を渡りましょう」は、この頃、覚えたような記憶がある。
・小学校時代は、2年に1度程度、警察官がやってきて交通安全教室をやっていたような記憶がある。学年で選ばれた数名だけ、自転車の乗り方講習に参加できたような。
・中学校時代は交通安全教育に関する記憶はなし。もしかしたらあったのかもしれない。
・高校時代は3ない運動真っ只中だったが、母校では通学以外とくにバイクは禁止されていなかったため、たまに教師が「乗るなら事故するなよー」程度の注意喚起はしていたような気がする。
おそらく、皆さんの経験も似たようなもので、幼いころは親など身近な大人が自転車の乗り方の教育を、また幼稚園や小学校では地域の警察官が年に1回程度、全校生徒を集めての交通安全教育を実施していた、というのが実態ではないでしょうか。
最近はもう少し交通安全に関する時間が増えているかもしれませんが、それでも、国語や算数などと同じように時間割に「交通」が入っているわけではありません。
「せいかつ・生活」の学習指導要領にも、交通災害に対する安全の配慮や、公共交通機関を利用する際のルールやマナーの遵守といった事項はあるものの、道路交通における交通安全に関しては言及されていないようです。
●「なんで学校で交通教育してないと思う?」
「なんで学校で交通教育してないと思う?」
先日、山口直範さんにお会いしたときに、こんなことを話題にされました。
山口さんは現在、奈良佐保短期大学で臨床発達心理学や交通心理学を担当する准教授ですが、実は2000年から2003年まで一緒に鈴鹿8耐を闘った国際ライセンスのレーサーでもあります。
「なんで学校で交通教育してないと思う?」「時間がないから?」「場所がないから?」
「ちゃうねん、“教える人がいないから” 、やねん」
なるほど! これは目から鱗が落ちる話でした。
「ゆっきーは誰に交通安全を教わった? 親とか、たまに学校に来る警察とかだったやろ?」
たしかに。
交通安全教育の問題は、現場の問題でなく、そもそも交通安全教育の指導者を育成するシステムが存在しないのが問題だというのです。
教職免許を取得するための大学での履修科目には、教育職員免許法によれば「交通安全教育」は入っていません。
運転免許を持っていれば基本的な道路交通法を知っているということになるのでしょうが、免許を持たない人だって相当数いて、これはつまり、学校教育においては交通安全教育を担う人がいない、という現状があるということです。
生活するためには欠かせない憲法やお金の仕組み、税金の仕組み、年金の仕組みなどは学校教育で習いますが、それらはただちに命に関わる問題ではありません。ところが、交通、とくに道路交通はただちに命に関わる事項であるにも関わらず、ほとんど学校教育においては教える機会がないのです。
●交通安全教育はどこが管轄しているのか
道路交通は道路交通法などによってシステムが成り立っていますが、交通安全を司るのはどこの省庁なのでしょうか。調べてみました。
国民全体に対する交通安全に関する基本計画は、内閣府が担当しています。
内閣府 政策統括官(共生社会政策担当)ホームページの第8次交通安全基本計画(平成18年度~22年度)の概要によると、以下の計画が掲げられていました。
《道路交通》国民自らの意識改革
交通安全思想の普及徹底(段階的な交通安全教育や高齢者自身の意識の向上を図る)
参加・体験・実践型活動の推進
高齢者に対する安全教育の推進(以下略)
これらの計画は、道徳的な啓蒙活動であり、「安全教育」と謳っている部分はとくに高齢者を対象していて、児童・生徒など学校教育の場での交通安全教育については言及されていません。
事業用の運転者に対する交通安全教育は、厚生労働省が担っていて、全国安全週間などで啓蒙活動を実施しています。
●学校教育における交通安全教育はどのようになっているのか
それでは、肝心の学校教育に関する法律や省令はどうなっているのでしょうか。
幼児教育においては、「幼稚園教育要領」の「第3章・指導計画作成上の留意事項」に、
2 特に留意する事項(1) (略)交通安全の習慣を身に付けるようにするとともに,災害時に適切な行動がとれるようにするための訓練なども行うようにすること。
という文言があります。
小学校から高等学校における交通安全教育については、前述しましたように、教職課程には特に設けられてはいません。
しかしながら、かつて「3ナイ運動」が一段落した頃、文部省(当時)による「交通安全教育の徹底について」という通達がされています。
ちょっと長いですが、引用します。
昭和六一年六月六日各都道府県教育委員会教育長・各都道府県知事・附属学校を置く各国立大学長・各国公私立高等専門学校長・国立久里浜養護学校長あて
文部省体育局長通知
交通安全教育の徹底について
一 学校における交通安全教育の実施に当たつては、学年ごとの指導目標、指導項目、指導内容、指導時間等を定めた交通安全教育に関する年間計画を作成し、これに基づいて計画的に推進すること。
その際、特に、学級指導・ホームルームにおける指導については、年間を通じて十分な指導時間を確保すること。また、学校行事における指導の事前及び事後に学級指導・ホームルームにおいて指導の徹底を図るなど、学級指導・ホームルームにおける指導と学校行事における指導、日常の学校生活における指導、課外指導等との有機的な連携を図ること。
二 学校においては、交通安全教育に関する校務分掌の組織を整えるとともに、校内研修等により全教職員の共通理解を深め、交通安全教育の組織的な推進を図ること。
三 中学校及び高等学校においては、生徒の自転車乗車中の事故の防止に資するため、学級指導・ホームルーム、学校行事などにおいて十分な指導時間を確保し、「自転車に関する安全指導の手引(改訂版)」等を活用しながら、自転車の事故の原因及びその安全な利用に関する指導の徹底を図ること。
四 高等学校においては、高校生の二輪車による事故の防止に資するため、警察署、二輪車安全普及協会等の関係機関・団体と連携しながら、課外指導等において、安全運転の実技指導を行うなど、生徒の二輪車の安全に関する意識の高揚と実践力の向上を図ること。
五 学校においては、親子交通教室、学校通信、PTAによる登下校時の指導などを通じて、保護者の交通安全に対する理解と関心を高め、家庭において児童・生徒等が交通安全に関する望ましい習慣を身につけるようにその協力を求めること。
なるほど、多方面からの交通安全教育の連携が謳われていますが、これもよく読むと、あくまで学活・ホームルームの時間に行うように通達しているのであって、本当に十分な時間が割かれたのかどうか検証しづらい内容です。
1998年には、国家公安委員会が幼児、児童、中学生、高校生、成人、高齢者ごとの生涯に亘る一貫的・体系的な交通安全教育を進めることを骨格とした「交通安全教育に関する指針」を発表しました。
この他、学校における交通安全教育は、(財)日本交通安全教育普及協会や、その他団体・企業などが協力して行っていますが、体系立てて十分な時間を取って行われているとは言いがたい現状です。
●小学校3年生は、すでに運転歴5年のベテラン運転者
ここまで、学校教育においては、継続的に十分な時間を割いての交通安全教育がなされていない現状を指摘しました。
日本には「道路交通法」という厳然たる法律があるにも関わらず、16歳で原付や普通二輪免許を取得するなどして能動的に学習しないと、道交法を学ぶ機会はなかなかないわけです。
さて、冒頭で交通教育の原体験を思い出してみました。
皆さんも、小学校就学前には補助輪を外した自転車を運転した経験があるのではないでしょうか。
「平均的に5歳程度で自転車を運転し始めるとすれば、小学校3年生(10歳)ではすでに運転歴5年の“ベテラン運転者”やろ。 そうなったら、小学校で「右みて左見て」的なうわべだけの交通教育なんか、当事者の子どもにしたらアホらしくてやってられへん、ってなるわな」
と、山口さんはおっしゃっていました。
だからこそ、「幼児期の交通安全教育こそが重要である」と山口さんは言います。
現在、4歳以上の幼児の95%以上は幼稚園か保育園に就園しているそうなので、この時期の交通安全教育を行うことは効果が高くなりそうです。
そのためには、幼稚園教諭・保育士に対する交通安全教育の指導者育成からシステムを作る必要があります。
山口さんは、そのための研究も進めていくそうです。
……というわけで、
「なぜ、学校教育で交通教育が満足に行われていないのか?」
の答えは、
「教える人がいないから」。
もっと言うと、
「教える人を育てるシステムがないから」
ということのようです。
自転車に対する法改正や、エコブームによる自転車利用が高まるなか、ますます非・運転免許所持者に対する交通安全教育は、よりシステマチックに行われる必要があるのではないかと思いました。
※引用文中の太字は全て筆者による
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