「第3の嗜好品」としてのエナジー・ドリンクとモータースポーツ
バイクのモータースポーツを取り巻く状況変化として顕著なのが、スポンサー企業の業種が変化してきたことです。
かつて80年代から90年代半ばにかけて、バイクのモータースポーツのビッグ・スポンサーと言えば、タバコやお酒のブランドが主流でした。近年ではオイルやアルコール飲料、携帯電話のキャリア、自動車メーカー、国際的な観光地などに加えて、「エナジー・ドリンク」と総称される飲み物が台頭してきています。
今日は、その背景と課題について考えていきたいと思います。
●もともと禁止されていたライダーやマシンへの広告添付
ロードレースの世界選手権において、ライダーのウエアに初めて広告が載せられたのは、1970年代初頭、イタリアが生んだ偉大なる世界チャンピオン、ジャコモ・アゴスチーニからでした。
それまで世界選手権ではレギュレーションにより、ライダーやマシンへの広告添付が禁止されていました。このため、ロードレースではライダーはみな、黒い革ツナギを着ていたわけです。
そんな状況を打破したのが、アゴスチーニでした。
アゴスチーニは70年代、GPライダーは命懸けで世界選手権を走っているにも関わらず、ライダーの待遇やコースの安全性が酷いと嘆き、賞金や契約金獲得のチャンスを広げるため、またコースの安全向上のためにレースをボイコットしたりしました。
アゴスチーニはあるとき、タバコブランドのマルボロカラーである赤い革ツナギでレースに登場しました。これが、世界GPのスポンサー広告に関するレギュレーションを変えさせるきっかけとなったのです。
●時代とともに変容するモータースポーツのスポンサー企業
モータースポーツのスポンサーはもともと、バイク愛好家にアピールしたいバイク用品関連企業がほとんどで、たとえばヘルメットやチェーン、オイル、プラグなどのブランドがサポートしていました。
世界選手権においてはメディアの発達とともに、グローバルに展開しているブランドが増えてきました。特に、タバコ企業によるモータースポーツへのスポンサー活動は、莫大な資金をモータースポーツにもたらし、モータースポーツの隆盛をもたらしました。
マルボロ・ヤマハ、HBスズキ、ロスマンズ・ホンダ、ラッキーストライク・スズキ、ゴロワーズ・ヤマハ、JPS・ノートン、キャメル・ホンダ……。
今、こうして並べてみると、なんだか懐かしい感じも受けますね。
しかしながら90年代、ヨーロッパを中心に健康に対する影響が理由でタバコ広告が禁止されることとなり、モータースポーツにおいてもマシンやライダー、チーム名へのスポンサー名・ブランド名添付はおろか、テレビや雑誌で放映・報道される可能性がある場合はすべてタバコのスポンサー名を隠さなければならない国も出てきました。
アルコール飲料のスポンサーについてもタバコ同様、モータースポーツでは禁止されつつあります。
●エナジー・ドリンクという新ジャンル飲料の登場とモータースポーツ
これらタバコやアルコールに代わって、モータースポーツのスポンサー業種として21世紀に入り急激に席巻し始めているのが、「エナジー・ドリンク」などと呼ばれるジャンルの飲料です。
エナジー・ドリンクとは、高カフェインを特徴とする清涼飲料水のことで、一般的には日本のリポビタンDを参考にしたと言われる「レッドブル」がその市場をグローバルに開拓したと言われています。
日本では、小さなボトルやアンプルに入っている「栄養ドリンク」と呼ばれるジャンルの飲み物が昔から存在しており、疲れたサラリーマンの飲み物、というイメージがありますが、炭酸化したエナジー・ドリンクはおしゃれなネーミングとパッケージデザインで、アメリカやヨーロッパの一部などでは、カフェインによる覚醒を楽しむ合法ドラッグのごとく若者のクラブ遊びに欠かせないものになっている、と聞きます。
また、アメリカでは勉強などのために、中学生でも3割近くが日常的に高カフェインの飲み物を飲んでいるとのこと。(2011年2月14日付ABC、CBCなど)
モータースポーツをスポンサーしているエナジー・ドリンクと言えば、レッドブルやロックスター、モンスター・エナジーなどがあります。これらのブランドを抱える企業は、チームをサポートしているほか、レッドブルはFMX(フリー・スタイル・モトクロス)など、数々のエクストリーム・スポーツを開催していることでもお馴染みです。
なぜ、これらのエナジー・ドリンク・ブランドはいま、懸命にモータースポーツを使って宣伝しようとしているのでしょうか。
これには次の4つの理由が考えられます。
第一の理由に、前述したように、モータースポーツにおいてタバコやお酒など嗜好品の広告は制限される傾向にあることが挙げられます。
ライダーのウエアやマシン、チーム名、レースの冠などにブランドが露出できなければ、スポンサーする意味がない、というわけです。
第2の理由は、タバコやお酒は年齢制限があり、すべての年齢層に訴えかけることができないことがあげられます。
モータースポーツはスペクテイター・スポーツ(見るスポーツ)として発展してきました。テレビの放送技術やインターネットの普及により、ますますグローバルにモータースポーツの視聴は拡大しています。どうせサポートするなら、全年齢層に波及する商材を、というわけです。
第3の理由は、嗜好品としてのタバコとお酒は例外なく国家によって税金がかけられています。税金は年々上がるばかり。価格の高騰は、誰もが嗜む嗜好品から一部の愛好家のための嗜好品へと変化させます。
第4の理由として、モータースポーツはエナジー・ドリンクのイメージ、すなわち、元気、アグレッシブのようなイメージにぴったりのスポーツであることが挙げられます。
そして、カフェインは今のところドーピングの禁止薬物ではない(監視対象)ということも、モータースポーツのスポンサーとして増えてきたのではないかと考えられます。
これらの理由により、モータースポーツのスポンサー企業の中心は、タバコ、お酒という従来の嗜好品から、人間の「第3の嗜好品」と言ってもいい「エナジー・ドリンク」すなわち「カフェイン・ドリンク」に移ってきたと言えるのではないでしょうか。
●高カフェイン・ドリンクの影響と課題
カフェインの依存性はさほど高くはなくと言われますが、それでも子どもやカフェイン耐性が低い人への悪影響は知られており、年齢や国によってその含有量に制限がかけられています。
また、妊婦や妊娠適齢期の女性に対する影響はまだ研究途上であり、飲用は慎重にすべきとする意見もあります。
諸外国の状況をみると、カナダでは12歳以下の子どもや妊娠適齢期の女性にカフェイン含有量の上限を、フィンランドでは妊婦、子ども、カフェイン感受性の高い消費者に対して警告表示義務付けを、台湾ではカフェイン成分を含む容器入り飲料への含有量表示を義務付け、オーストラリアとニュージーランドでは含有量の上限を設けるなどしています。
日本では薬事法に定められた効能に対するカフェインの含有量には制限がありますが、食品衛生法による食品への添加は、いまのところ規制がありません。
たとえば眠気覚ましのカフェインの錠剤は200mg/錠、医薬品部外品の栄養ドリンクは50~80mg/本程度、鎮痛剤などの薬には60mg/回程度などとなっています。
ちなみに飲み物だと、玉露は150mg/拝程度、コーヒーのエスプレッソでは100~150mg/杯程度だそうです。
これらに対し、エナジー・ドリンクのカフェイン含有量は、
レッドブル 80mg/本ロックスター 197mg/本
モンスター・エナジー 160mg/本
などとなっています。
あるサーキットで、母親が高カフェインの飲み物と知らずに幼児にエナジー・ドリンクを与えていたところ、あり得ないくらい子どもがハイになって狂ったようにはしゃぎ回っていたのを目撃したことがあります。
カフェインの効能は、同時に副作用ももたらします。代表的な効能や副作用は次の通りです。
・覚醒作用
・血管拡張作用
・交感神経刺激(基礎代謝促進)
・胃酸分泌促進作用
・利尿作用
・中枢神経興奮作用
・眠気の除去
・生殖に及ぼすリスク
・子どもの行動に及ぼすカフェインのリスク
・急性心筋梗塞、心臓発作による死への短期的リスク
日本人はカフェイン耐性が白人より高いと言われていますし、日常的にお茶を飲んだり、茶道を嗜んだりする文化があるため、カフェインの効能にさほど気を使うことがなかったのが、むしろエナジー・ドリンクがあまり普及していない原因かもしれません。
しかしながら、近年では高カフェインの缶コーヒーや、スターバックスに代表されるファスト・カフェの普及により、わたしたちは知らず知らずのうちに、カフェイン依存にさらされているかもしれません。
今シーズン、缶紅茶の分野ですら、高カフェインの商品が出てきましたし、紅茶しか飲まないと言われたイギリスでさえ、すでにスタバ文化が浸透しています。
わたし自身は、コーヒーはまったく飲めませんが、カフェイン系の飲み物で頭がシャキっとする感覚は大好きで、よく濃い目の抹茶を飲んだりします。タバコも吸わないし、お酒もほとんど飲まないので、唯一の嗜好品と言ってもいいかもしれません。ただ、栄養ドリンク+鎮痛剤とか、レッドブル+お茶など、カフェインを過剰摂取したとき、やはり頭痛などの副作用を感じることもあります。
第3の嗜好品「エナジー・ドリンク」の出現は、21世紀のモータースポーツを支えていくであろう新たなスポンサー分野の出現であると同時に、わたしたちは無警戒にハイ・カフェイン・ドリンクを宣伝・媒介していいものなのかどうか。
意識の覚醒が必要なモータースポーツだからこそ、注意して見守っていく必要があると考えます。
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