イラストレーターの岡本正樹さん
運命的に出会った友だちもあれば、いつ出会ったか思い出せないくらい気づいたら友だちになっていた、という人もいる。
イラストレーターの岡本正樹さんは、まさに後者だ。いま思い出そうとしても、どうしても最初のいきさつを思い出せない。たしか、私はまだバイク雑誌業界にはいないときに、カワサキつながりで誰かを介して出会ったような気はする。それが誰とだったのか、どこでだったのか。
岡本さんは岡本さんで、出会った当時は“ローレプ乗り”の人だった。ローレプとはローソンレプリカのこと、と知ったのも岡本さんを通じて知ったような気がする。
たしかサーキット走行会で再会したこと。その後、私がクラブマンに移籍したときにばったり会社の近くで再会したら、実はその近くに住んでいる、ということがわかり。新宿だったか渋谷だったか、バイクにはまるで関係ないところでばったり出会ったこともあったっけ。
そこいらへんの全ての記憶があいまいなのだが、そんな風にして私たちはバイク乗りとして互いを認識していった。
そのうち、私はフリーランスとなり、岡本さんはイラストの世界にシフトしていった。岡本さんのそれは、好きが高じて、というレベルではなかった。
岡本さんがイラストをショーやサーキットで販売し始めたころ、「この業界でやっていくって決めたのって、相当勇気が要ったんじゃないですか」と尋ねてみたことがあった。すると、岡本さんはいつものクリクリとした目をギョロッと輝かせて、
「オレはね、“絵描き”になりたいの。画で喰ってきたいってのはそりゃあるけど。売れれば嬉しいけど、オレは画を描いているときが最高にシアワセ!」
と語っていたのが印象的だった。
当初は仕事をしながらイラストを描きためていて、いったいいつ描くんですか、お休みの日に描くんですか、と尋ねたら、
「毎日だよ~。毎日描くんだよ。夜中1時、2時まで描く。休みの日は一日中描いてる。オレは、まずは世界で一番たくさんの種類のバイクの画を描きたいんだよ」
とこたえた。
確かにバイクのイラストを描いているイラストレーターは、プロ・アマ問わずたくさんいる。その中で抜きんでるためには、何かが要る。岡本さんの画は、一発で解る独特の画風だけど、それだけにはとどまらず、“世界一たくさんの種類のバイクの画”という明確な目標を持って、生業とした。
岡本さんのしゃべりは独特の柔らかさがあって、しゃべっているとこっちもホッとするような雰囲気があった。だから、モーターサイクルショーやサンデーレース、鈴鹿8耐にモトGPなど、ブースを出しているのを見かけると必ず寄っては立ち話をしに行った。
あるとき、珍しく電話がかかってきたので何かなと思ったら、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、と真剣な声がした。
「ゆきちゃん、マン島とかデイトナとか行ってるけど、どうやって英語覚えたの?」
なんだろう、と思ったら、外国人ライダーさんがモデルになっている自分の画を売ってもいいかどうか、直接交渉したいから、それには英語をしゃべれるようにならないといけない、ということだった。私はきちんと英語を習ったわけではなかったが、フリーになって数年、無謀にも海外の現場に行って痛感した点をお話しした。英語力は単語力とか文法力よりもまず、自分が何を伝えたいかの熱意の問題である、と。
岡本さんの、好きが高じてというレベルではない、というのは、夜中まで毎日、世界一の種類を目指して描いているイラストだけでなく、それをどう広げていくか、という覚悟にも現われていた。
その電話のあと、岡本さんは本当に真剣に英語を勉強し、1年のちにデイトナに行ったのだった。
去年9月のもてぎMOTO GP。正面入り口のブースに、いつものようにM collectionのブースはあった。予選の合間だったこともあり、久々に互いの仕事の話ではなく、バイク談義に花が咲いた。私は相変わらずニンジャに乗っているし、岡本さんは新車を買ったのだと話した。ひっきりなしにイラストを見にやってくるお客さんを横目に、けっこう長い間話をしたことをはっきりと覚えている。
そのもてぎMOTO GPのときに、正式にケニー・ロバーツ氏から、イラストの許認可が降りたのだという。そんなこともあってホッとしてやっとバイク談義をほのぼのできるような段階まできていたのではないかと、今にしてみればそう思う。
いつものように、東京モーターサイクルショーでM collectionのブースを見かけた。通りがかったのは朝一番だったので、忙しいだろうと声をかけなかった。奥様の姿だけ確認して、ああ、岡本さんは準備してるかどっか行ってるのかな、としか思わなかった。
午後、反対方向からブースの前を通りがかったとき、いつものように並べてある岡本さんのイラストの間に、岡本さんの写真とともに本人を紹介するPOPがかけてあった。てっきり、
「ああ、誰が描いているか紹介するのもプロモーションのうちだよなぁ、だんだんすごくなってゆくなぁ」
なんて思いつつ、なんて書いてあるのか近寄ってみると……。
「昨秋、突然の病に倒れ……」
人は突然の悲報に必ず「ウソでしょ」と思うものなのだろうか。無意識に、右へ左へ3往復ぐらいしたのだと思う。それでも、書いてあることが冗談でもなんでもなくホントなのだとわかってその場にいれなくなった。まだショーは一般入場者の入場が始まったばかりで、とても奥様に声をかけてはいけないと思った。
ショーが終わったのを見計らって奥様に声をかけた。倒れたのはモトGPのほんの4日後だったという。
「突然、人生を絶たれて、本人はどう思ったのかわからないんで、こうして出展してみようかと……ばたばたしてほんとまだ実感がないんですけどね」
と気丈にも語ってくれた。
享年43歳。これから、という人であった。あまりにも早い死でかける言葉も失うけれど、残されたイラストが岡本さんなりを語ってくれると思う。
たとえばこのサイト(ESPAが惚れたマシンたち)で岡本さんのイラストを観ることができる。今日・明日の東京モーターサイクルショーでも出展販売している。
++++++日乗+++++++
輪廻転生なのか。知人に子どもができた、というニュースもあった。
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