Gwen Crellin MBE
長年、マン島TTレースやマンクス・グランプリのマーシャルとして活動し、その功績を讃えられて英国王室より「MBE」(メンバーオブブリテッシュエンパイヤ)勲章を受けたミス・グウェイン・クレリンMBEさんが、現地時間の2006年12月9日土曜日の朝、亡くなった。89歳だった。
グウェインさんはバラフブリッジの近くのコース側に住み、マーシャルをするときはいつも白い服を着てフラッグを持っていたので通称“レディ・ホワイト”とも呼ばれていた。
また、TTやMGPのレースのときはいつも家をライダーや関係者のために開放し、お茶を振る舞うなどし、親しまれていた。
John Kermeen Chairman of the Manx Grand Prix Supporters Club, and the Manx Grand Prix Rescue Helicopter fund has asked to let you all know of the sad passing of Mrs Gwen Crellin MBE.Gwen died earlier today (Saturday 9th December), after a long stay in hospital and later in King’s Reach in Ramsey.
She was one of the founder members of the Manx Grand Prix Rescue Helicopter Fund, and in recent years has served as their Patron.
She was given the MBE for her contribution to the Motor Racing on the Island and was known as "The Lady in White” as she was flag (Woman) Man at Sulby side of Ballaugh.
She was a very good friend of Giacomo Agostini, who I am sure, like us all will be very saddened to hear this news.
John will advise of further details via the forums, when they are finalised.
Rosie Christian
(ソース:TTNews)
私がグウェインに初めて会ったのは、確かマン島TTを2回目か3回目に訪れた1998年か99年だった。その年に知り合ったスェーデン人のカメラマン、エッソさんとアイリーンさんのカップルに連れられて紹介してもらったのだ。われわれ3人がグウェインさんの自宅を訪れると、エッソさんの唇に熱烈なキッスを浴びせつつ大歓迎したことを思い出す。
それからというもの、私は田舎のおばあちゃんちに帰るかのごとく、毎年必ずグウェインさんの家を訪ねるようになった。いつも予告なく突然うかがうのだが、グウェインは必ず大歓迎してくれ、まるで私のために用意してくれていたかのように、サンドイッチやケーキを紅茶とともに振る舞ってくれた。
グウェインさんの自宅はジャンプスポットで有名なバラフブリッジの先のコースがストレートになる右側にあって、部屋からもレースが観れる。しかし彼女はそれだけでは飽き足らず、長年、フラッグマーシャルとして活動し、MBE勲章を受けたのだった。そのときの話を聞きたがるとグウェインは決まって勲章を出してきて、片膝を着きながら、「ありがたき光栄でございます」とかなんとか言いながら、エリザベス二世女王から勲章を受けたときのことを語るのだった。
グウェインさんはいつも「79歳になったの」とか、「もう83歳だけど」などと自分の歳を語っていたが、いつもいつもサバを読んでいた。年齢をサバ読んだあとは必ず、片足を腰より高く上げて見せ、「こんなに元気なのよ!」と陽気に振る舞っていた。
グウェインさんの家には、部屋中、TTやMGPのポスターや写真、ライダーのサインが飾られている。ほとんどの有名なライダーも必ず一度はグウェイン宅を訪れていて、アゴスチーニやジョーイ・ダンロップのサインと写真もあった。
2006年のTTは私にとって辛い幕開けとなった。目の前でサイドカーのドライバーとパッセンジャーが即死する事故を目撃した上、その3日後には前田淳選手が転倒したりと、精神的にボロボロになっていた。
辛い時は知人にも会いたくなくなるものだが、でもここはマン島だ。年に1度しか会えない人たちがたくさんいる。グウェインさんは、自分から会いに行かなければ会えない人だ。だったら会いに行けば、少しは元気をもらえるかもしれない。そう思いなおして、6月1日木曜日、プラクティスが終わってからバラフに向かった。
そのときの日記。
ラムジーからTTコースを逆周りでグウェインの家へ。グウェインの家はストレートの途中にあるし周りの家はまばらなので、いつも通り過ぎてしまう。今日も5mくらい通り過ぎた。
呼び鈴を鳴らしても反応はない。鍵はかかっていないので、ドアをノックしながら中へ。するとそこには驚いた顔でたたずむグウェインが。すぐに私のことを思い出してくれ、
「きゃー~~っ!!」
と言いながら激しくハグ。手を握り合う。グウェインの細く白い、ちょっと冷たい指が私の手を包み込む。
しかし次の瞬間、困った、という顔をして
「私はもう運転しないから、買い物はいとこのジョンと週に何回か行くの。でも今日はこれから買い物に行けないし、困ったわ」
という。私をもてなそうとしてくれているのだ。お構いなく、というものの、グウェインはそのまま台所に向い、何かあったかしら、とりえあずお茶を入れましょうと言ってケトルやティーカップを用意してくれる。
冷蔵庫の上にキャンベルの粉末のトマトスープがあって、それとクラッカーとケーキと紅茶を振る舞ってくれた。日は燦々と明るいがすでに夕方6時過ぎ。緯度が高いマン島はこの時期、夜9時過ぎまで明るく、日本人の私は調子が狂ってしまうが、十分、夕食の時間だ。グウェインに何か夕食は食べましたか、とたずねると、いつも夜はクラッカーとかカップケーキを食べるくらい、必要ないのよ、と言う。
そんな私も、マン島に到着して事故を目撃して以来、ほとんどミルクティーだけで生きていたので、人と一緒にいれば無理矢理何か食べなきゃいけない状況になるのはむしろありがたかった。温かいトマトスープが身に沁みた。
何年もグウェインの家に来ているけれど、そういえばどこにもベッドが見当たらないなあ、もしかしてここは別荘なのかしら、とキョロキョロしていると、グウェインはまるで超能力があるかのように
「私と同じようにソファで寝る人は友だちに5人もいるのよ! そう、ここでいつもこうして寝ているの」
と言いながら、寝返りをうったり、足を頭まで高く上げてみせてくれたりした。グウェインは服のまま、一人がけのソファで一人寝るのだそうだ。
今年もまた年齢をサバ読むのかな~と思っていると、またまたグウェインは人の心が読めるのだろう、
「2週間前に89歳になったの」
と、初めてサバを読まずに齢を教えてくれた。
どうした心境なのか、と戸惑っていると、続けて
「目が悪くなってお医者さまに、陽に当たってはいけない、と言われているの。TTレースはお昼にやるのに、陽に当たっちゃいけないなんて、レースが観れないじゃない、つまらないわ。来年は100周年なのに。でも、陽に当たると目眩がしちゃうのよ」
と、少し寂しげに語った。来客に対してはいつも陽気なグウェインだっただけに、このように本音を寂しげに語ってくれたのはちょっと意外だった。
マーシャルには定年があるんだって? マーシャルできなくて淋しくない? と尋ねると、玄関からキャップを持ってきてかぶってみせた。
I'm retired.
とキャップには書かれている。「引退してます」のキャップをかぶって家の前に立ち、ライダーを応援するのだそうだ。
少し耳が遠くなったのと、同じ話を何度も何度も繰り返すようになったなあ、と思った。すると、
「えっと、さっき話したかしらね、この話」
と、すかさず答えるグウェイン。
「あなた、きょうだいは? そう、いないの、私もいないのよ、何年か前に亡くなったの、みんなこどもはって聞くんだけど」
「あなたのお友だち、ジャパニーズの、ほら、彼も一度来たのよ、シャイな子だったわ!」
グウェインは訪れた人びとのことをほとんど覚えていて、転倒して怪我を負った前田選手の心配をしてくれていた。
2時間以上は話をしただろうか。
Have you got any nice things?
とおしゃべりするオモチャを持っているんだそうだ。
「なんかいいことあった?」
湿気てちゃいけないなあ、と思った。
犬のぬいぐるみのようなスリッパがあって、可愛い!可愛い!と言ってたら、いいわよ、もっていきなさい、とビニール袋に詰めてくれた。
グウェインの靴は大きく穴が明いていて、もうそういうのは気にならないのかなあ、と思ったけど、きれいなプリントのよそ行きっぽいシャツを着ていて、しっかり口紅をさしていたので、ああ、そういうところはイギリス淑女というか、グウェインらしいなあ、と思う。
もう帰ります、というと、じゃあ、さよならのキッスをしましょう、と立ち上がって両手を広げるグウェイン。油断すると、その手は私の頬をはさみ、唇を奪われてしまう。うまくかわしてマウス・トゥ・マウスのキスを避けたと思ったその瞬間、呆気なく唇に熱烈なキッスを浴びせられる。血管まで透き通るような白い肌。少しだけヒヤッと冷たいが柔らかい唇。
いつものようにグウェインは一緒に外まで出てきてくれて、ひと通り私のスクーターを眺め、女の子なのにバイクに乗るのね!活発なのね!と褒めそやす。
そして、道路の左右の安全を見てくれて、片手を挙げながら大きな声で、
「GO! GO! GO!」
と言いながら見送ってくれた。
事故後、初めてバラハッチンストレートを通った。なんでもないストレートだった。
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