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2005.02.23

先生はエライ

内田樹先生のブログを読んでいて、内田先生が最近出版された『先生はえらい』という本の出版意図について書かれていた。

これはひょっとして、教育論をバイク論、またはバイク業界に置き換えて考えることが出来るんじゃなかろうか、と思ったので引用かつ置き換えてみた。

ちなみに、原文はこちら

(以下、内田先生の文章を元に、教育論をバイク論等に置き換えている。太字、下線は小林による)

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つねづね申し上げているように、現在日本のメディアでなされているバイク論はすべて「・・・が悪い」という告発形の文型で語られている。
たしかに警察庁もMFJも自工会もメーカーもライダーも教習所も学校も、みんな今日のバイク業界の荒廃には責任の一端がある。
だが、「一番悪いのは誰か」を科学的手続きによって論証したことで、問題は解決するという見通しに私は与しない。
私は推論の手続きが「正しい」ことよりも、その推論が「よりまし」な結果をもたらすことを評価する人間である。
だが、バイクについて語る識者の多くは「バイク業界をどうやってよりましなものにするか」という問いに答えを出すことよりも、「バイク業界がここまで悪くなった原因は何か」という問いに答えを出すことの方が緊急であるし、知的威信ともつながりが深いと考えているように見える。
その結果、バイク論が語られる場面では、賛否両論が入り乱れているときでさえ、「もう、こうなったら、このまま落ちるところまで落ちればいいんだよ」というなんとなく「なげやり」な気分だけは参加する全員に共有されている。
たぶん、「落ちるところまで落ちた」ときにはじめて、どこがほんとうに悪かったのかが分かるからだろう。
瀕死の病人の病因について、意見が対立している医者たちが、「とりあえず早く死んでくれないかな。解剖しないと結論でないからさ」と病人の枕元で「死ね死ね」と念じているのに似ている。
たしかに、早く死ねば死ぬほど、死因の発見は早い。
けれども、瀕死の病人はまだ死んではいないのである。
死ぬまでのQOLについてもう少し配慮してもよろしいのではないか。あるいはもうすこしましな延命療法を探してもいいのではないか。回復の可能性をはなからゼロと決めてかかることもないのではないか。
どの場合にしても、「病人」に「生きる意欲」をもって頂かなければ話は始まらない。
「バイクは楽しい。メーカー(?)はえらい。ユーザーはかわいい(?)」という不可能と思われる理想の境位をどこまでもめざすのを断念すべきではないと私は思う。
だが、そういう立場から語られているバイク論は少ない。というか、ほとんど存在しないのである。
(引用、置き換え終わり)
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本質を見よう、本質を。
表面的なことに惑わされるな。
と自分に言い聞かせて。

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