2009年1月 4日 (日)

2009年箱根大学駅伝、復路・権太坂~後編

2009年の箱根駅伝を横浜市保土ヶ谷区の権太坂に見に行ってきました。
国道一号線沿いの権太坂は本当の権太坂ではなく、旧松下電工倉庫、現サミット&コジマ電機のあるT字交差点を境木中学校方面に上がる坂が権太坂です。

旧東海道の難所で、坂の途中に息途絶えた人を投げ込んだ「投げ込み井戸」があったり(道路を拡張したときに井戸を移動させようと発掘したところ、本当に人骨が出てきた)、その先にある境木地蔵には「見返り桜」というのがあり、振り返ると真っ赤な血に染まった色をしていた桜、など、古い伝説が数々ある地域です。

光陵高校方面に向かう保土ヶ谷バイパスをオーバーパスする坂は権太坂ではありません。

境木地蔵を東戸塚方面に向かい一つ目の信号を左折する道が旧東海道です。しばらく歩くと、左右に「一里塚」があります。ここは、東海道五十三次の中で唯一、原型を留めている一里塚だそうです。左側の一里塚は「一里塚公園」という小さな公園になっています。

それはさておき。
箱根駅伝の続きです。

Img_5700s

11時30分。
大きな中継車、その後に報道車?審判車?が続き、白バイ2台を先導にしてトップのランナーがやってきました。さざ波のように揺れる小旗はビッグウエイブとなってどよめき、叫び声、歓声と共に先頭ランナーを迎えます。

Img_5701s

11時30分。
平台のトラックはディーゼルハイブリッド車でした。乗用車タイプのオフィシャルカーもホンダのハイブリッドだったし、昔のように自衛隊のクルマやトラックを使ってディーゼルの排気ガス臭さが漂うような駅伝ではなくなりました。

Img_5702s

11時30分。
トップは鉄紺のユニフォームとタスキの東洋大学です!
今年は不祥事を踏まえてノボリや旗など大学名の入った小物を使っての応援を自粛、という通達がありました。そんななか、肉声での「東洋頑張れ!」という声援がありがたく心にしみ入りました。
権太坂は左カーブなので、選手は最短距離を取るため、かなり観客に近いルートを走っています。

Img_5703s

11時30分。
2位の早稲田の選手がやってきました。選手の前にはテレビ中継車が入っています。
対向車線は交通規制を行っておらず、一般車両が通行しているのですが、駅伝を眺めながらノロノロ運転が続いています。

Img_5718s
Img_5719s

11時39分。
並走しているシーンは観戦しているこちらもドキドキするもんですね。テレビで見ているのと違うのは、選手の走るスピードがけっこう速いこと、選手同士の距離感が以外に近いことなどを実感できることです。

Img_5727s

11時44分。
競り合っているシーンには、こうしてバイクの中継車が張り付くことも。バイク中継車は二輪車の場合と、最近ではこのようにトライク? 自動三輪車? の場合があります。それにしなても、マイクやら機械やらいろいろと積んでいるものですね。運転手さんも、カメラマンさんも、特殊な体力を使ってそうです。

Img_5728s

11時44分。
観客の皆さんは、トップだけでなく、後続の選手にもトップと変わらない大きな声援を送り続けています。

Img_5729s

11時44分。
こちらは大型スクーターからの中継車。ラジオかテレビのアナウンサーさんが乗車しているのではないかと思います。手には何かノートを、そして右手側には順位を示すマグネット板が。バイクのミラーが長く伸びているのが特殊ですね。

Img_5730s

11時46分。
選手同士が追いついたり、追い越したりするとき、白バイがこのように並走状態になっているときもあります。
後続の乗用車は、各チームの監督車。昔のように、「オイっちニっオイっちニっ」とか掛け声は最近はかけないようです。

Img_5732s

11時46分。
観戦客はこのように、老若男女、さまざまな人びとがいますが、権太坂は駅から遠い(東戸塚から徒歩20~30分、保土ヶ谷からバスで10分ほど)なので、ほとんどが地元の家族連れだと思われます。
皆さん、笑顔で大声援を引き続き送っています。

Img_5737s

11時51分。
「箱根駅伝は最終ランナーが通過いたしました。交通規制を解除します」と放送しながらパトカーがやってきました。
パトカーの後ろには自転車の大集団。これを狙ってのサイクリングなのでしょうね。

Img_5738s
Img_5740s

11時51分。
駅伝最後尾が通過し交通規制が解除になったとたん、ぞろぞろと皆さん帰路につきます。

Img_5741s

11時55分。
そして、何ごともなかったかのように、日常に戻っていきます。
ボランティアスタッフの皆さんが、ゴミを拾ったり、交通規制のビニールテープを回収したりしていました。あんなにたくさんいた警察官もいつの間にかいなくなっていて、交通整理をしているのは、スーパーの駐車場係の人だけになりました。


このように、久しぶりに観戦した箱根駅伝。
けっこうマン島TTレースと共通点が多かったように思います。

・レースを観戦しているのは、レースファンだけでなく、地元の人も観戦客となる。(TTはレースファンの率が高いけど、駅伝は地元民の率が圧倒的に高い)

・観戦場所によって、地元住民の割合が変化する。

・誰かひいきの選手やチームを応援するというよりも、そのレース自体の全体を応援しているという感じ。

・したがって、トップの選手だけでなく、最後尾の選手まで満遍なく応援が続く。

・レース前もレース中も、比較的、混乱が起きない。長年続いているレースなので、観戦客にルールやマナーが浸透しているせいと考えられる。

・観戦客の層が一定しない。つまり、老若男女、満遍なくいる。

・マン島TTの場合はラジオ放送や遠くから聞こえる排気音でレースが近づいてきたことを知り、駅伝の場合はラジオやテレビ放送でレースが近づいてきたことを知り、通過に合わせてどんどん観戦客が増えていく。これはつまり、地元住民の観戦の割合が高いことを示す。

・影像に向けての宣伝としてのバナー、ノボリの存在は共通している。

・応援スタイルは主に声援、手(や小旗)を振ること。音楽やチアーはない。


もっともっといろいろと共通点、相違点があるのではないかと思いますが、本日はこのへんにて。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 3日 (土)

写真で綴る2009年箱根大学駅伝、復路・権太坂~前編

箱根駅伝を何年かぶりに見に行ってきました。

場所はいわゆる「権太坂」。「ごんたざか」と読みます。

平塚中継所でたすきリレーが行われたのを確認してから出発しました。

今回はコースや沿道全景が写せる撮影ポイント探し、しばしロケハン。
最初は国道一号線上り保土ヶ谷方面の権太坂上のバス停の上側に陣取ったのですが、目の前に「○○学院大学」のでっかいノボリが立ってしまったため、やむなく移動。
結局、焼却場入り口の土手の上から狙うことにしました。
権太坂はカーブも坂もゆるやかなので、けっこう長く通過を見守れます。

Img_5678s

10時26分。
まだ、ボランティアスタッフが到着したばかりで、交通整理もされてません。普通に路線バスも走ってます。
しかし、すでに沿道には場所取りの地元住民と思われるファンの方々がいらっしゃいます。
大学関係者と思われる大学名入りフィールドコートを着た人たちも大学名の入ったノボリを持ってきたり、徐々に駅伝の雰囲気に。

Img_5683s

11時04分。
コース側の歩道は日陰のためか、まだ人はまばら。
交差点ごろに新聞社のスタッフが応援小旗を配っています。配られていたのは白/赤の読売新聞と緑/黄色の報知新聞の旗。補充用の旗を積んだ新聞配達バイクや新聞配達スクーターがときどき様子を見に走り回ってます。

Img_5686s

11時16分。
パトカーや白バイが行ったり来たりしています。違法駐車などがいないかの確認などでしょうか。


Img_5687s

11時17分。
ワンボックスの広報車が来て、「ご観戦の皆さま、車道にはみ出さないようお願いいたします」と呼びかけています。
時折、警備にあたる警察官が車道に足を投げ出している子どもに注意したりしています。

Img_5688s

11時17分。
うろうろしていた白バイが目の前でUターン。彼らは恐らく交通整理要員で、持ち場に配備、という感じなのだと思います。ちなみに、神奈川県警の白バイ隊員は黒の革ツナギ、警視庁の白バイ隊員は青のジャージです。

Img_5689s

11時25分。
ぼちぼち戸塚中継所でタスキリレーをしたとラジオで放送しており、徐々に人が増えてきました。各々、ベスト観戦ポジションを目指して、道路を渡る光景が見られます。
警察官の警備はソフトで、土手の上に登っていたら「落っこちないでね~」と笑顔で注意されました。すれ違う警察官はみな、「おはよーございますー」と挨拶してくれたりして、和やかな雰囲気です。

Img_5690s

11時25分。
「箱根駅伝の選手はあと15分ほどで通過いたします。全23校の走りにどうぞご声援をお願いいたします。沿道にはみ出さないようお願いいたします」と言いながら、2回目の広報車がやってきました。

Img_5693s

11時28分。
ヘリコプターが飛んできましたので、トップ通過まで間もなくとわかります。否応なしに気分が盛り上がってきます。

Img_5698s

11時30分。
パトカーに続いて乗用車、トラックがのろのろとパレードしている感じでやってきました。まだ選手の姿は見えませんが、遠くの方から小旗がざわざわとはためき、声援、歓声が聞こえてきます。
いよいよ、箱根駅伝、トップランナーを迎えます! 果たして母校はトップを走っているのか?!

以下、次のエントリーに続きます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月30日 (日)

初めての国際学会英語口頭発表~その1

9月29日、東洋大学大学院福祉社会システム専攻のOB会組織である二季の会で講演を行いました。
5月30日にマン島で行われた国際バイク学会での発表までの1年10カ月の顛末記を報告しました。
研究の内容は、ま、ともかく、英文アブストラクト作成の四苦八苦やら、カンファレンス発表時のハッタリポイントまで裏話ばかりお話ししまた。こんなふざけた題目でよかったのかどうか……。

というわけで、以下は当日お配りしたレジュメを数回に分けて公開します。

初めての国際学会英語口頭発表
──小林ゆきの場合──

2007年9月28日(土)二季の会・秋の集い
発表者: 東洋大学大学院社会学研究科後期課程2年
小林ゆき

2007年5月開催の学会に誘われたのが2005年8月。
発表するためのアブストラクト締切は2006年7月。
発表まで実に1年と10カ月もの準備期間があったが、
英語による国際発表の準備に「余裕」という文字は
浮かびもしなかった……。
国際バイク学会でマン島TTレースについての
発表を行った院生の顛末記。

1.2005年8月
博物館に毎日通ってたら声をかけられた

2005年8月から9月にかけて、修士論文のための中期フィールドワークのため、イギリスの方にあるクラウン・ディペンデンシー で英国連邦 のIsle of Man マン島に滞在していた。滞在中、Manxマン島人の友だちとカフェでお茶していたとき、彼の知人で博物館に勤めている人からバイク学会開催の話を聞かされた。ちょうどそのころ、過去の文献を調べるため、Manx Museumマンクス博物館 のLibrary図書館(リファレンス室)に毎日朝10時から5時までしばらく通っていたところ、博物館館長に1枚のコピーを渡された。2007年5月に100周年を迎えるマン島TTレース時にバイク学会が開催されるというのだ。主催はイギリスの大学教授とアメリカ人のカレッジ教授が主宰しているInternational Journal of Motorcycle Studies国際バイク学会。テーマは、The Isle of Man TT Races : Heritage, Place and Spirit というもの。バイクを核にした学際的で横断的な学会なので、技術やデザイン、工業、経済、サブカルチャー、ポップカルチャー、芸術、メディア、社会学などなど、なんでもアリの団体である。半ば強制的に「あなた出なさいよ」とオススメされたのが、国際学会発表のきっかけだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月17日 (火)

学会発表原稿に苦戦

5月28日~30日にマン島で行なわれるInternational Journal of Motorcycle Studies で発表するための原稿作りをしている。
なんせ、初めての学会発表がいきなり国際学会かつ英語発表。
原稿を読むしかないので、まずは和文原稿の作成から。

発表時間は15分。質疑応答に5分。
日本語の場合、NHKアナウンサーの話すスピードが1分間に約400文字、関西の漫才師がしゃべる言葉が1分間に約600文字だそうだから、日本語で約6000字の原稿を作ればよい。というわけにはいかない。
パワーポイントのスライドの操作や、オーディエンスの反応を見ながらの間合いというものが実際にはあるだろうから、15分で日本語4000字相当が妥当ではないだろうか、という指導教授からのアドバイスが。

日本語と英語、どちらが文字量・単語量が多いか?
ホントのところは原稿を作ってしゃべって測ってみないことにはわからないけど、恐らく英語のほうがよりシンプルに文章を作るし、丁寧語や敬語がないので短いのではないか、ということになった。

とはいえ、原稿にはない
「こちらの図をご覧ください」
みたいな言葉が入ってくると、日本語できっちり4000字以内で作らないと厳しいのではないか。

てなわけで、あと約1か月後の発表なのだが、いまさら日本語原稿で悪戦苦闘している次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月16日 (木)

「世界週報」的川氏のマン島に関する記述について

マン島関連の文献を調べていて、マガジンプラスで最新の論文?が出てきたので調べてみた。

MAGAZINPLUSとは、「857万件の雑誌記事情報に加え、戦後国内の学術雑誌が刊行した人文社会系の年次研究報告や学術論文集59万件の論文タイトル情報を加えた、総計916万件にのぼる国内最大の雑誌・論文情報データベース」で、個人では年額1万8,900円とか、1件いくらで料金がかかるが、大学なら法人契約しているので図書館では使い放題という学生の権利をとことん使える超便利な検索エンジンである。

で、2006年10月3日の世界週報という雑誌に、「マン島にて--的川教授の宇宙よもやま話」なる論文(?)が発表されているというので、図書館で探してみた。
世界週報は時事通信の発行している雑誌だし、的川泰宣「教授」が書かれているということで、はてマン島で宇宙?でもマン島にはたくさんの妖精伝説があるから多少、宇宙にも縁があるかもしれない、と思ってコピーをとってみた。

するとすると。誤認だらけの内容が。

×「1957年に始まったこのバイクレースの最高峰は、来年で半世紀を迎える」

どこでどう聞き違えたのだろう。マン島TTレースがはじまったのは1907年のことなので、来年で一世紀を迎える。
的川氏がマン島を訪れたのは9月11日とのことなので、おそらく8月下旬~9月上旬に行なわれているアマチュア対象のマンクス・グランプリ(MANX GP)と勘違いしたのだと思う。
それにしても、MGPの前身、MARRCは1923年から1929年まで、MGPが始まったのは1930年のことだから、なぜ1957年という数字が出てきたのだろう??

ちなみに、1957年はマン島TTレース50周年で、ボブ・マッキンタイアがはじめてオーバー・ザ・トン(平均時速100マイル超)を達成した年だ(Kelly,Robert ed. HERE IS THE NEWS A CHRONICLE OF THE 20th CENTURY Volume Ⅱ: 1951-2000 Onchan, The Manx Experience, 2000, p39)。

ほかにも、

×「イギリスの領土でありながら『自治国家』の様相を呈している」

とあるが、マン島はイギリス領土ではない。英国王室に属しているだけである。また、「自治国家の様相を呈している」のではなく、自治国家である。

×「『ルマン』さながらのスピードでぶっ飛ばし」

よくある誤解だが、いわゆる「ル・マン」はフランスのLe Mansのことであって、マン島=Isle of Manとは違う。ル・マン24時間耐久レースなどは、自動車やオートバイのクローズドサーキットで行なうレースである。
「ぶっ飛ばし」とあるが、空港からダグラスの間はほとんど制限速度があるが(マン島は基本的に制限速度がない)、それも50マイル(80キロ)から60マイル(96キロ)という、日本の一般公道では考えられないハイスピードである。マン島では決して飛ばしている範疇にはない。日本人からすれば飛ばしているような感覚になるのはわかるが。

マン島と宇宙は何が関係あるのかと思ったら、マン島で国際宇宙大学(ISU)の理事会が行なわれたのだそうだ。
マン島では政府が国策として国際カンファレンス招致に力を入れている。

ともあれ、的川教授に日本のオートバイが海外でとりわけ認知されていることを知らしめたのはうれしいことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 7日 (火)

論文書きました

『白山人類学』に向けての論文を書きました。
400字×60枚=2万4,000字です。
果たして査読が通るでしょうか。。。

タイトルは↓。英文は自信ありません。。。


「公道モータースポーツにおける負の要素と地域社会の意識
――マン島TTレースの死亡事故を事例に――」

The Awareness of Negative Factor on Public Road Race in Local Community:
A Case Study of The Fatal accidents of Isle of Man TT race

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月21日 (金)

マン島・三宅島・八丈島:ニュースクリップ

マン島・三宅島・八丈島に関するニュースをクリップ。一部、ウエブ魚拓によるキャッシュ表示へのリンクもあります。


三宅島2輪レース、実現へ前進!
CAR モード

三宅島の平野村長や日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)の鈴木正利会長、東京都の細井知事本局政策担当参事や商工会関係者らによって意見交換会が開かれたのです。意見交換会には島への物資輸送を担う東海汽船の貨物部門責任者や村議会の人々も出席。三宅島で実際に2輪レースを実施できるのか、実施に向けて何をしなければならないかが話し合われました。

八丈島で公道試走
東京新聞2006.7.3.

三宅島の公道レースは、ミニバイクにしませんか
日経ビジネスオンライン、若林葉子さんのコラム
♯バイカーズステーション誌に掲載された川島さんのコラムへの共感。

来年三宅開催で本格調整 オートバイレース構想
中日新聞 2006.7.6

『スモール『マン島』だ』 実現なるか三宅島オートバイレース
東京新聞 2006.7.18
♯けっこう間違った表記(例:「英領マン島」→正しくは英国連邦マン島、またはイギリス王室属独立国領とか)をメールで指摘したところ、1時間経たないうちに電話が。国際面で読者とのQ&Aコーナーにてマン島の解説をする予定だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久米是志,,『「ひらめき」の設計図』

ホンダ創成期のエンジン技術者だった久米是志さんの本に、マン島TTレース出場のため2バルブから4バルブ化する経緯が書かれているという。
以下、JANJANの東村篤氏の書評から。どうでもいいがJANJANのタイトルのカッコ付けが間違ってる。

例を挙げると、50年ほど前、英国マン島TTレース出場のため、新型のエンジンを開発。優勝するためには1万3千回転以上の高速回転に耐える頑丈な軸受けが必要。それには燃焼室の容積はある限度以下におさめなければならない。その結果として2バルブ方式では燃焼室の形状がどうしても煎餅のように薄くなってしまう。モンディアルの軸受をヒントに「押してだめなら引いてみな」式に軸受を頑丈にすることにこだわって改善できないでいた。そんなとき、本田宗一郎さんがやってきて「軸受を細くしろ!」と檄が飛び「軸受を薄くできる4バルブ方式」のひらめきが浮かび上がったというのだ。エンジンの回転が上がると回転慣性モーメントの大きなローラーとリテーナーは烈しい速度変化に追従し切れず自分自身が転がることもできなくなって滑り出してしまい、摩擦の急増で焼き付いてしまうからであった。

当時のメンバーの言葉や雰囲気を知りたい。宗一郎氏の本はさんざん出ているので。約40冊入手済。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月14日 (金)

都知事定例記者会見(2006.5.26)

マン島TTを「オートレース」という言い方するのはやめてほしいなあ。日本でオートレースというとギャンブルレースのことを指すのであり、一部の人びとにとってギャンブルは悪、みたいなイメージがありますので。私自身は公営ギャンブルそのものを否定はしませんが。
オートバイのロードレース、と言って欲しいなあ。

石原知事定例記者会見録
平成18(2006)年5月26日(金)15:00~15:26


2.ロンドン市長との会談について
【知事】次いで、お聞き及びかもしれませんが、この日曜日に出発しまして、ロンドンとオートレースをやっているマン島を参考に視察に参りますが、ロンドンでは、リビングストン市長との会談をしまして、5月31日に行なう予定ですけども、東京オリンピック招致に関連して、2012年のロンドンオリンピックの準備状況や開催に合わせた都市づくりなどについて視察もし、意見交換をしたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

都知事定例記者会見(2005.3.24)

フリージア娘だけではダメみたい。キャンギャル祭りとかどうですかねえ。治安に不安が。冗談、冗談。

石原知事定例記者会見録
平成18(2006)年3月24日(金)15:04~15:35

【記者】八丈島について…。

【知事】えっ?

【記者】八丈島についてなんですが。

【知事】ああ、八丈。

【記者】はい。島では、昨年の10月から、航空会社とかけ合って、航空運賃を値下げするということをやっておりまして、ただし、3月末までに乗客が1万人増えなかったら、もとに戻ってしまうという内容なんですが、一応来週早々にそれが達成されそうだということだそうなんですけど、改めて知事、こういった島の取り組みというのはどういうふうにお考えですか。

【知事】お客を呼ぶには、お客を引きつける行事というものを考えないとね。フリージア娘だけじゃどうにもならないと思うよ、それは(※)。

※平成18年3月下旬にフリージア娘などで構成される、「第40回八丈島フリージアまつり」キャラバン隊が都内で宣伝活動を行った。

 だから、僕が言ったみたいなマン島(英国グレートブリテン島とアイルランドに囲まれたアイリッシュ海の中央に位置する)みたいなね、オートバイのレースをやったらどうだと言うんだ。それはものすごい求心力になりますよ。それは一方では、うるさいとか環境だとか言う人が出てくるかもしらんけど、あそこなんかとにかく八丈富士を回るあたりというのは、民家が少ないですからね。この間、町長が来たときに言ったのよ。「僕は三宅島にも言ったけど、君ら競争してやれ」と言ったの。そういうものをやらないとね。日本人は海の楽しみ方が下手くそだから。本当に限られた人だけですからね。

 まあ、国全体が観光客を呼ぼうと思って四苦八苦しているんでね。東京もそうだけどね。島も島なりの苦労が要るんでしょうけど、運賃を下げたって、人はそう簡単に来るもんじゃないよな。もうちょっと知恵を出せばいろんなことができるんだけどね。

 それから、ああいうスペースの大きな島はね、これからの夏休みとかだけじゃなくて、どういうんでしょうね、ああいう自然の中でいろんな体験する、そういう小学校、中学校の年齢の子供たちを受け入れてね、何かあそこで特修するみたいな、そういうカリキュラムってもの、向こうがアクセプタンス(引き受け体制)を構えてくれたら、東京だって考えますからね。

 行くのにも金がかかる、滞在するのに金がかかるんじゃ、誰も行かないけどもね。この間、町長と話したんですよ。その可能性、僕は八丈なんか一番あると思います。


| | コメント (0) | トラックバック (0)