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2007年1月25日 (木)

まなざし、そして定義とは?

2007年1月11日、朝日新聞夕刊の文化欄に、修士時代にしごかれたN教授のコラムが。

N先生はかねてから「ホームレス」ではなく「野宿者」と呼ぶことにこだわっている。

先日のOゼミでも議論になった。
視点=まなざしによってことばは変格するのだと。

子育て→子育ち

教育→学び

関係ない気もするけど

不妊症→妊娠障害→チャイルドフリー


+++++閑話休題。

N教授のコラムの下に、音楽学者の谷口文和氏の談話が。

特に理系の学生は、はっきりとした定義をきくことが教わることという発想に固まっている。議論の出発点は頭を柔らかくすることです

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2007年1月 7日 (日)

バイクゼミナールMixi版

Mixiにて「バイクゼミナールMixi版」を主宰しております。

趣旨としまして、

『バイクゼミナール』は、バイクにまつわるさまざまなトピックスを、

・一人につきA41枚以上のレジュメを用意していただく
・それを元に一人15分程度の発表と5分程度の質疑応答を行なう

いわゆる大学の“ゼミ”のような形式で語り合う勉強会として立ち上げたいと考え、まずはミクシでコミュニティを作りました。

工学から物理学、アート、デザイン、文化、心理学、社会学、安全学、経営学、関係団体の動向、法学、などなど学問に限らず、マーケティングの手法、新しい商品開発についてのアイディア、読書会、映画鑑賞会などなど、ありとあらゆるバイクに関わる分野を異分野からお互い刺激を受け合う会にしていきたいと考えています。

日本のバイクの世界では、こうした横断的なつながりが薄いと感じており、このような企画を温めていました。

バイクに関わる日本での最先端の研究や、開発や営業さんの日ごろの努力のたまもの、あるいは研究途中のこと、一般のライダーさんの疑問をすり合わせるような場所を作ることはできないか、というのがこの試みです。

いろいろな情報や研究のインプットだけでなく、アウトプットを広く一般の方、いろいろな学問や業種の方に文字データとして送り届けるためにも、単なるオフ会ではない「バイクゼミナール」を、メンバーや場所など賛同者が集まれば随時企画していきたいと思います。そして、息の長い勉強会に育てたいと考えています。

参加者の資格は問いません。バイク屋さんでも、一般ライダーでも、学生さんでも、研究者や学者さん、メーカーさんでも(匿名・匿テーマ、秘密は厳守します)、商社さん、関連団体さん、レース関係者さんなどなど、日ごろ誰かに発表したいことがあれば異業種異分野でお互いの刺激を受け合う場にしていきましょう。

……ってなことにしております。

現在参加されている方々は、社会学・社会心理学・エンジニア・コンサルタントの方々などなど多彩です。

現在、設けている掲示板のトピックとしては、

・参考文献、サイト、リファレンス
・騒音規制って、どうなの?
・バイクの魅力、とは
・広州市のバイク乗り入れ禁止を考察する
・雑談板
・バイク文化、とは
・自己紹介
・発表テーマ
・お知らせ用トピック

などがあります。

とくに、「バイクの魅力、とは」「バイク文化、とは」のあたりで活発な議論が交わされており、分析的に言語化しつつバイクの魅力や文化を解き明かしていこう、という試みをすすめています。

これだけで共著本ができてしまいそうな勢いでして。

引き続き、みなさまのご参加、お待ちしております。

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2007年1月 5日 (金)

箱根駅伝に見る“擬機械化”の言説

「公道スポーツは道が祝祭の舞台になる」と仮説を立ててマン島TTレースを研究している私だが、比較事例として日本では「箱根駅伝」を挙げると、わりと理解がたやすいかも。

箱根駅伝は東京大手町~箱根間を往復する駅伝方式のマラソンだが、単純な一本道と考えるのではなく、A地点からB地点を通ってA地点へ帰る、という「サーキット」(=周回路)と見なすことができ、マン島TTレースのマウンテンコース(一周60㎞の周回路)と比較してもいいんじゃないかと。

あと、箱根駅伝は大手町を一斉スタートするので、着順で争うマラソンと同じ競技のように思われがちだが、実は10分または20分のタイムアップルールで繰り上げスタートになるため、チームが総合タイムに向かって挑む「タイムレース」となっている。
繰り上げスタートの心配がないトップグループは競り合いによる着順や記録への影響があるが、後半のチームは“己との闘い”となるため、これもまたタイムレースであるマン島TTレースとの比較事例として検討してもよさそうな。

しかし、なんでまた国道一号線が祝祭空間に生まれ変わるのだろう? という目でこの3年間箱根駅伝を見てきた。
一つ重要な要素として、走っているランナーは大学の、それも予選を突破したりシードを守った大学の陸上部に所属するある一定の年齢層の大学生しか走れないわけで。それは、祭りにおける神輿であり山車であり、それらの担ぎ手であり引手である、ということだ。担ぎ手や引手は選ばれた人しかなることができない。
しかも、一定の時間、そこは祭りたる駅伝の空間として管理される。それを見に行く観衆とのコントラスト。

……この話は今日はここまで。

ところで、箱根駅伝を見ていて、というか最近マラソン報道などで擬人化ならぬ“擬機械化”の言説が気になった。

「昨年は8区でブレーキを起こして」(日刊スポーツ20006年1月4日付)

「ギアチェンジ」(TVのアナウンス)

ギアチェンジというのは、高橋Qちゃん尚子選手がオリンピックでサングラスを投げ捨てスパートをかけたときから広まった表現ではないかと思うが、出典は定かでない。

逆に、オートバイの世界ではけっこう擬人化した表現が用いられる。中には名前を付ける人さえ。

モータリゼーション100年の間に、人間も機械化され表現されるという現象はなんかおもしろい。

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