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2006年11月12日 (日)

南方熊楠展

南方熊楠展に行ってきた。
(11月26日(日)まで、上野公園にある国立科学博物館にて)

私と南方熊楠との出会いは、1989年にバイクで日本一周したときのことである。
和歌山県田辺市のユースホステルのペアレントさんのおばちゃん(おばあちゃん?)が、夜中に消灯時間を自ら破って占いをしてくれて、それはともかく、翌朝、本来そこのユースでは朝食が出ないのだが、近所の喫茶店にペアレントさんが朝食を誘ってくれて、1時間、いや2時間近く話をした中で

「南方熊楠知っとるやろ? 知らん? 白浜に博物館があるから行ったらええ。人生観が変わるろ」

と進言してくださったのだ。
そのとき私は先を急いでいたこともあり、結局、白浜には戻らなかったのだが、1994年ごろ、仕事にかこつけて白浜の南方熊楠記念館を訪れることができた。

さほど広いとは言えない記念館だが、熊楠の仕事っぷりは細かく丹念で、全部見終わるのにたっぷり2時間はかかっただろうか。
熊楠の何がわかったわけでもなかったが、若い頃の端整で男っぽい顔だちの写真が自分好みで、引き続き興味をひいているというわけである。

さて、今回の展示は熊楠のダイジェストとも言えるものだったが、それでも500円払って見るのに惜しいことはない。

特に印象に残った部分--。

●(外国の)アマチュア研究家が6000点の標本を学者に送ったと知った熊楠は、それ以上を収集してやろうと決意した。
→研究者としての原点が、他を越えてやる!という気概からだったとは。

●民俗学者、柳田国男が熊楠を評して「南方熊楠という現象であり、南方熊楠という事件である」というようなことを言っていた。

●熊楠はとっくにKJ法を行なっていた。それどころか、三次元のマインドマップを考えていたようで、これが南方熊楠曼陀羅であると言っていいと思う。

もう一度、白浜に行ってみたいと強く思った。
研究とは何か、方法論や気迫のようなものから受ける刺激は絶大である。

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コメント

和歌山出身なので南方熊楠については興味があって記念館も行きました。
ゆっきーの日本一週の本で、田辺で僕も高校時代泊まったユースと、南方熊楠の事が出てきたのが印象に残ってました。

投稿: ヤマサ | 2006年12月15日 (金) 16:15

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