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2014.01.17

1995年1月17日のこと

どこかに書いたことがあるような気がするけど、思い出しながら備忘録。

1995年1月17日、あの日わたしは早朝、身体じゅうの痛みで目が覚めた。あとから考えると、ちょうど地震が起こった午前5時あたりだったと思う。
痛みで二度寝もできず、そのままラジオを聴いて時間をやり過ごした。
第一報は、そっけない地震速報だったような気がする。

身体じゅうの痛みとは、その前々日に筑波サーキットで行われたバトル・オブ・ザ・ツインのレース中転倒したからだった。

翌1月16日は確か振り替え休日で病院が休みなので、丸一日自宅で休んだあと、17日に骨が折れていないかどうか検査するため病院に行く予定にしていた。

朝一番の診察を受けるために、診察開始の9時よりもずっと前、8時ごろから始まる番号カード配布に合わせて病院に向かった。
横浜はどうってことのない普通の朝だった。

病院に着くと、患者も病院スタッフも備えつけのテレビに釘付けだった。
刻々と状況が深刻になるのがわかった。

地震の想像を超える被害状況に対して、自分はレースなんていう身勝手な理由で怪我をして病院で診察を受けている。なんとも言えず申し訳ない気分になったことを覚えている。

*   *    *    *

身内が緊急時の専用回線を引く仕事をしていたため、こういうとき、安否を気づかう電話はしてはいけない、と常々聞かされていたから、関西にいる知人に連絡を取り始めたのはずいぶんたってからのことだった。

友だちから聞く状況は思いのほかたいへんそうであった。

小学校の教師をしている友人は、小学校のグランドにできたテント村の世話をかなり長いこと続けていたという。

芦屋の海沿いに住んでいた友だちは、お祖母さまが骨盤骨折の大怪我で、家は全壊。ただ、会社がすぐに大阪のマンションを手配してくれ、何年か後に再建するまでなんとか住むところがあって助かったと言っていた。

親御さんのどちらかの実家が半壊したので、無事だったどちらかの家にしばらく居候してにぎやかだったと話していた友人もいた。義理の親戚とはいえ、赤の他人同士がひとつ屋根で暮らす苦労は想像にかたくない。

何回も遊びに行った神戸の文化住宅は、見事にぺしゃんこに1階がつぶれていた。実家が建設業だという友人は、父親がその日の晩にユニック付きのトラックでかけつけ、人助けをしたのち、取り出せた家財道具を積んで地元に帰ったという。買ったばかりの新車のバイクは、文化住宅の外付け階段の下に停めていたため、これも見事にぺしゃんこになったらしい。

*   *    *    *

阪神淡路大震災の余韻間もなく、忌まわしきオウムの事件が勃発する。

あの頃、都内にはものものしい警備態勢が敷かれ、ハイエースなどワンボックスに乗っているとすぐに停めれて職務質問やら車内をチェックされたりした。

あの警察の厳重な警備と、都内の渋滞もまた1995年の思い出の一つである。


*   *    *    *


十数年前から仲よくなった友人の息子は、まさに1995年1月17日生まれ。
知り合ったときはまだ小学校に上がったばかりで、ちっちゃかったのだけど、中学、高校とあがるにつれグングン背が伸びて、いまやバスケット選手かというくらい見上げるほどの背丈になった。

驚くのは背丈だけではない。あの日生まれた子が、もう19歳なんである。

*   *    *    *

神戸あたりに行くと、もうそこには19年前を思わせるものはないように見える。

でも、そこに住んでいないからこそ、たまに訪れると、「ここにはあれがあったなー」「この道はもっと狭かったよなー」なんて感じることがある。

オチはないけれど、1995年についてつらつらと書き綴ってみました。


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