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2011年4月

2011.04.28

【お知らせ】NHK BSプレミアム「らいじんぐ産」本日正午~放送

本日正午から、NHK BSプレミアムで佐藤可士和さんナビゲートの「らいじんぐ産~追跡!にっぽん産業史~」で「“原動機付自転車”人間にいちばん近い乗り物」が再放送されます。

少しだけ取材に協力させていただきました。

放送内容は、

「らいじんぐ産」は、日本人のライフスタイルを変えたひとつの製品にスポットを当て、開発秘話や道のり、波及効果など、知られざる歴史を解き明かす。今回のテーマは「原動機付き自転車」。終戦直後、物資不足の日本で、技術者のアイデアが生み出した“原付”。やがて、身近な移動手段として日本国内のみならず世界中の支持を集める。開発の歴史や、海外での人気ぶりを取材しながら、原動機付き自転車の果たした役割を描く
とのこと。

放送日時は

4月28日(木)午後0時00分~0時45分 (再)

のほか、

インターネットでは、放送日から2週間は「NHKオンデマンド」見逃し番組でオンデマンド視聴が210円で可能です。

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2011.04.27

[お知らせ]4月28日(木)神奈川新聞折り込み配布の『かながわhanako』にインタビューが掲載されます

明日、4月28日(木)の神奈川新聞に折り込まれるフリーペーパー『かながわHanako』に、インタビュー記事が掲載されます。

恥ずかしながら、愛車・ニンジャとの写真とともにカラーページで記事が掲載されるそうです。

『かながわhanako』は、「神奈川新聞社と雑誌「Hanako」が作る女性のための情報誌」で、神奈川県内のお店紹介などが詰まっているカラータブロイド版のフリーペーパーです。

折り込み専用フリーペーパーのため、残念ながら街などでの配布はしていないとのこと。

神奈川新聞の配達販売店には本日夕方から配達されるはずなので、本日から明日、神奈川新聞の販売店にて入手可能かもしれません。
また、駅スタンド売りの神奈川新聞には折り込まれていない可能性がありますが、売店にはかながわhanakoも配達されるので、売店の人に一声かけて入手してみてください、とのこと。

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2011.04.26

エクストリームちゅう

エクストリームちゅう
DUKE125が自由自在

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プレスカンファレンスちゅう

プレスカンファレンスちゅう
和歌山御大は朝ご飯ちゅう

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オレンジ

オレンジ
フォレストパークに来ました

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2011.04.23

【お知らせ】MOTO NAVI Plusに登場してます

今日、4月23日(土)発売の「MOTO NAVI」(モトナビ)最新号に挟み込まれている別冊付録、MOTO NAVI Plus(モトナビプラス)にちょこっと登場しております。

わたくし小林ゆきが今、一番気になっているユーズドバイクとは?

答えは誌面にて!


モトナビさんでは、4月30日、モトナビフェスというバイクと音楽の融合イベント開催を予定していたのですが、震災を鑑み、モトナビフェスを中止することになりました。
その代わり、バイク乗りによるチャリティイベントとして、MOTO AID を同じ場所、同じ日時で開催されるとのこと。

モトエイドもひとつよろしくです。

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2011.04.21

【お知らせ】NHK BSプレミアム「らいじんぐ産」今夜22時~放送

本日22時から、NHK BSプレミアムで佐藤可士和さんナビゲートの「らいじんぐ産~追跡!にっぽん産業史~」で「“原動機付自転車”人間にいちばん近い乗り物」が放送されます。

少しだけ取材に協力させていただきました。

放送内容は、

「らいじんぐ産」は、日本人のライフスタイルを変えたひとつの製品にスポットを当て、開発秘話や道のり、波及効果など、知られざる歴史を解き明かす。今回のテーマは「原動機付き自転車」。終戦直後、物資不足の日本で、技術者のアイデアが生み出した“原付”。やがて、身近な移動手段として日本国内のみならず世界中の支持を集める。開発の歴史や、海外での人気ぶりを取材しながら、原動機付き自転車の果たした役割を描く

とのこと。

放送日時は

4月21日(木) 午後10時00分~10時45分

4月28日(木)
午後0時00分~0時45分 (再)

のほか、

インターネットでは、放送日から2週間は「NHKオンデマンド」見逃し番組でオンデマンド視聴が210円で可能です。

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2011.04.20

二輪車は工学系アカデミズムの世界でどのような研究がなされているか

二輪車を研究する工学系の研究者や技術者が集う学術団体といえば、日本最大の学術団体でもある「社団法人 自動車技術会」があります。

会員数は実に4万3000人。会員は大学や研究所に属している人だけでなく、自動車メーカーや部品メーカーなどの技術者が多いのもこの学会の特徴です。わたしも、その末席に籍を置かせていただいております。

自動車技術会は、基本的には自動車、つまり四輪車に関する工学系の研究を扱っていますが、二輪車に関する研究者も少ないとはいえ研究発表がなされており、バイクに関する世界最先端の研究の情報を得ることができます。

その自動車技術会の関東支部学術研究講演会が、去る2011年3月9日(水)に慶應義塾大学日吉キャンパスで行われましたので、行ってきました。

口頭発表は6つの部屋に分かれて、朝から夕方まで全部で97の講演が行われました。
加えて、ポスターセッションは12の展示、さらに技術展示として企業から5つの展示が行われていました。

今回発表された、二輪に関係する研究は次の通りです。

【口頭発表】

「二輪車を操縦するロボットの制御系構築に関する基礎的研究」 日本大学生産工学部 渡辺淳士 他2名

「二輪車を操縦するための人間の入力に関する研究」 日本大学生産工学部 山田浩佑 他3名

「4ストローク小排気量空冷エンジンのオイル消費に関する考察」 ㈱本田技術研究所 澤海嘉司弘 他1名

「一次元シミュレーションを用いた小型二輪車の吸排気口音の予測技術」 ㈱本田技術研究所 木戸秀樹 他1名

「二輪車を操縦する人間の制御動作モデル構築に関する研究」 日本大学生産工学部 山本雄一 他2名


【ポスターセッション】

「現代技術に基づく、ダイムラー自動二輪の再現」 日本大学理工学部 佐々木健雄 他3名

「二輪車における経路誘導情報がライダーに与える影響に関する研究」 慶應義塾大学 椿本幸介 他1名

「ダイムラーのオートバイの再現(二輪車運動特性を考慮した基本構想図の作成)」 日本大学理工学部 増田成晃 他3名

「二輪車のロール運動によるタイヤ接置点移動と力学的ロール角」 日本大学理工学部 岩木洸樹 他2名

「二輪車用ドライブレコーダの開発のための考察」 日本大学理工学部 金澤大地 他3名


【技術展示】

「二輪EV(EV-neo)」 株式会社本田技術研究所

発表を見聞きして感じたのは、これまで誰もが思いつかなかった新しい技術、という研究ではなく、「どのように技術を評価するか、その基準のための研究」や、「なぜそのシミュレーションが必要なのか」というような、いわゆる「基礎研究」が、だいじに、大事にしっかりと研究されているなぁ、ということでした。

バイクは、エンジンの推進力で二つのタイヤと地面との摩擦によって車体を安定させて走る乗り物ですが、意外にも、「どのように評価すべきか」「何を基準にすべきか」という点については、まだまだ研究途中であるとのこと。

そうした基礎研究をおろそかにせず、地道に研究をすすめることで、思わぬ副産物・派生効果が発見されるといったこともあるようでした。

メーカーの技術者による発表では、他メーカーとの緊張感ある質疑応答が繰り広げられるのもまた、学術研講演会の醍醐味です。

各々の発表内容については、今後、拙ブログで紹介していきたいと思います。

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2011.04.15

スタジオアルタに笑っていいともの観覧に来た女性100名のうち、5名がバイク盗難に遭った経験がある

2011年4月15日のフジテレビ「森田一義アワー 笑っていいとも!」のテレフォンショッキングのゲストは、アメトークのバイク芸人としても知られるケンドーコバヤシ氏でした。

ゲストトークの最後に行われる、スタジオ観覧客100人のうち1人が答えるであろう質問をする「100人アンケート」の質問は、

「去年、バイクを盗まれたんですが……、(ここにいる観覧者は)女性ばかりなので、いままでバイクを盗まれたことがある人!」

というもの。
いつもの場所に自分のバイクがない、という状況を、ケンドー氏は、

「まるでマンガみたいやった、(あったはずの場所に)点線が見えた」

などと表現していましたが、100人アンケートの結果も意外なものに。

5人/100人

なんと、スタジオアルタに観覧に来ていた女性(ほぼ全員女性のはず)100名のうち、今まで5人がバイク盗難に遭ったことがあると答えたのです。
これには、タモリさん、ケンコバさん、そしてスタジオからも複雑な「え~!」というため息が漏れていました。

ちなみに、女性の免許取得率は、大雑把に20代前半で75%くらい、20代後半から30代は90%となっています。もっとも、この数字は全ての免許種別に対するものなので、二輪によく乗る人、すなわち、原付免許だけ持っている人や大型/普通二輪免許を持っている取得率はここからはわかりません。
警察庁の統計だと、男女別と年齢別と現在数(それぞれの免許種別の数字)のクロス統計を知ることができないので、探してみたところ、「ドライバーの運転意識とヒヤリ・ハット体験との関連に関する調査研究」(自動車安全運転センター、平成8年3月)の、n=2601/5000、回収率52%の調査結果の項目に、二輪免許の保有率を示すものがありました。それによれば、

「女性の自動二輪免許の保有率は低く、3.6%に過ぎない。原付免許は(女性)運転者全体で21.2%が保有している」

とのこと。

スタジオアルタの観覧客でバイクを盗まれたことがあると答えた女性のバイクが原付なのか、原付以上の大きいバイクなのかは定かではありませんが、

・仮に、観覧客が20代と30代の女性だとして…

・盗まれたバイクが全部原付とすれば、普通四輪免許など上位免許として原付運転可能な人も含めてのバイク運転可能な人数の推測85人中、5人が盗難経験者

・盗まれたバイクが原付以外だとして、スタジオアルタの観覧女性客のうち推定・大型/普通二輪免許取得者数4人中、全員以上がバイク盗難経験者

みたいなことになってしまいます。まあ、あくまで、かなり大雑把な推測に過ぎないのですが。

いやしかし、バイク盗難の現実って多いものだなぁと考えさせられる森田一義アワーでした。


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2011.04.13

「交通事故死者ゼロの村」葛尾村に思いを馳せる

福島県は関東から近いこともあって、あちこちツーリングに出かけたことはありますが、中でも思い出深かったのは、雑誌のツーリング企画で訪れたこともあった「葛尾(かつらお)村」でした。
葛尾村は大きな福島県にあって小さな小さな村ですが、今回の地震と原発の問題で「葛尾村」の名前が出るたび、心痛めておりました。

わたしのバイク業界のデビューは、元々はツーリングをメインに扱っていた『ラ・モト』という雑誌からでした。

ラ・モトが方向性に迷い、ツーリング雑誌の体を無くした頃、ひょんなことからエンスー/カスタム系雑誌の『クラブマン』に移籍したのですけれど、ラ・モト在籍中の最後のツーリング仕事となったのが、「葛尾村(かつらおむら)」を訪ねる旅の企画でした。

Img_4977

人口2,000人の小さな村の大きな記録が

6月28日小さなニュースとなって全国に流れた。

最後に交通死亡事故が起きたのが昭和40年2月。実に一万日、

27年間もの間、無事故を誇る村、福島県双葉郡葛尾村。

ライダーにとったら桃源郷のこの素朴な村を訪ねてみた。

こんなリードで始まる記事中の写真には、「交通死亡事故ゼロ記録 今日で10004日」の看板が写っていて、テレビで「1万日達成」のニュースを見たと書いているから、葛尾村の存在を知ってから翌日には企画を通し、3日後には現地入りしたのだと思います。

カメラマンは市川潔カメラマン。現在、北海道の新冠町太陽というところに移住し、ブログでいつも素敵な写真を届けてくれています。クルマやバイクの撮影がメインですが、鉄道写真の世界でも第一人者なんですよ。市川くんにはラ・モト時代、数々のつらい(?)仕事にお供していただいた思い出があります。

さて、その葛尾村のツーリング企画は急に決めたせいか、広報車を手配する余裕がなかったからか、そういえば、自前のニンジャで葛尾村を訪れてました。現在も乗っている、“20万キロニンジャ(GPz900R)”です。

葛尾村の第一印象を思い起こしてみると、「いい意味で何もない」。当時はナショナルブランドのコンビニなどもなく、昔ながらの商店が村の目抜き通りにちょぼちょぼあるくらい。信号機は学校の前に一基だけ設置されているのみ。少し走れば、きれいに整備されたツーリング向きの道路が村を縦横し、ときおりトラクターに遭遇したり、放牧されているサラブレッドを眺められたり……といった、本当に素朴な村でした。
村長さんは松本さんで、助役さんも松本さん。村役場で対応してくれた総務課の方も松本さん。泊まった旅館も松本さんちという、村の半分以上が「松本」姓なところもまた、たいへん印象的でした。

福島県双葉郡葛尾村●プロフィール

阿武隈山系に属し、双葉郡の最北端。北東に浪江町、西に安達郡岩代町、南西に田村郡船引町及び都路村と会し、天王山(1,057m)を筆頭に多くの山々に囲まれ東西18.6km、南北8.6km、面積84.6㎢を有する。
人口2,005人、牛2104頭、世帯数475世帯。免許人口943人。自動車登録台数1,895台(うち4輪,115台、二輪30台、原付299台、小型特殊451台)。1世帯あたり自動車保有台数の平均は3.98台。村の特産物は椎茸、もち類、コーヒーなど。
昨年度の交通事故は5件、傷者は7名、死者は0。昭和40年2月7日の事故以来、平成4年6月26日をもって交通死亡事故ゼロの記録が10,000日を迎えた。

1992年9月10日発行(実際には8月6日発売)の『ラ・モト』(pp. 62-66)にはこのように書いてますが、浪江町だとか、椎茸だとか、原発問題でちょくちょく目にするキーワードに胸が痛みます。

1992年の時点で、交通事故死者ゼロ記録が1万日。葛尾村ではその後、2001年5月31日まで、36年間に渡って1万3000日以上、日本一の交通事故死者ゼロ記録を伸ばし続けました。その後も再び記録は10年近く続いていて、2011年4月12日現在で3604日に伸びています。

小さい葛尾村とは言っても、村内には片側1車線の整備された走りやすい国道399号と県道が通っており、山間の道はカーブも多い。しかし、交通事故対策で、道路やカーブミラーなどの清掃活動が盛んに行われていて、どこもゴミひとつ落ちていない、きれいな道ばかりでした。

記事中、小さな写真で「1万日達成記念碑」を紹介しています。そこには書かれていた碑文とは──。

「伸ばせ無事故を永遠に」

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2011.04.11

静岡、関東、長野でもしばらくは、ライダーは常に路面に注意した方がいいのかもと思った桜満開の日曜日

所用があったので、大地震以来初めて第三京浜~首都高を使って、みなとみらい、桜木町エリアへバイクで行ってみました。

横浜は比較的、地震の被害が少なかったエリアではありますが、それでもウチの近所では天井崩落とか、3階部分倒壊、街路灯が傾くなどの被害がそこここにありました。

わたしは普段から有料道路、高速道路をよく使ってますので、道路上の微妙な変化にすぐ気付きました。

とくに、高速の導入路やインターチェンジなど、高架になっているところのアスファルトが、あちこち長めにひび割れが出来ています。

あと、一般道だとマンホールや舗装のパッチの段差が大きくなっていたり、ひび割れが原因でアスファルトが部分的にはがれていて穴ぼこが開いたままになっていたり。

首都高だと、片側一車線ずつアスファルトを敷き直したりしますけど、車線と車線の間にわりかし大きなひび割れがあったり。

即、転倒につながるようなひび割れが放置されているわけではないのですが、たとえば車線変更する際には一応、タイヤが取られないように気をつけるとか、前方の路面状況が見えるように、車間距離をなるべく離して走るなどした方がよいでしょう。

あと、道路脇の斜面の法面に、崖崩れの補修あとがあちこちにありましたねー。

横浜でこの調子ですから、静岡や関東、長野でも、もっと揺れの大きかった地域では、路面状況がひどくなっている場所が多々あるかと思います。

国道や有料道路、首都高速などは、すでに復旧工事がされたと思われる箇所が何か所もありましたが、県道、市道レベルではまだ復旧工事に至っていない部分もあると感じました。

今まではバイクで走っているとき、道路に突然、穴ぼこが開いているとかいうことは滅多になく(むろん、山道、峠道は別ですが)、むしろ路面状況より交通状況に気を配って走っていたものですが、しばらくは、路面のひび割れや段差やなんかにも注意しながら走らないといけないな、と、満開の三ツ沢公園の桜を横目に長めながら思った日曜日でした。

追記★そういえば、第三京浜保土ヶ谷PAの料金所のところに、いつの間にか新しい出口(羽沢出口)が出来ててびっくりした。

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2011.04.07

震災と復興とバイク~歴史から学べることはあるか

東日本/栄村大震災からもうすぐ1か月。震災と復興とバイクについて、過去の歴史から学べることは何かあるでしょうか。

1995年の阪神淡路大震災に関連した地震当時から現在に至るまでの記録資料は、神戸大学附属図書館の「震災文庫」にまとめられていて、閲覧することができます。
これらの資料は新聞や書籍だけでなく、当時、避難所や仮設住宅などで配られていたボランティアによるミニコミ誌や、関連のチラシ、関係各所の書類なども網羅されています。資料は逐次、デジタルアーカイブ化され、インターネット上で利用することも可能です。また、一部ですが一次資料を閲覧することも可能です。

今回はその資料から、「オートバイ」「バイク」「二輪車」「単車」というキーワードで検索し、時系列でソートして「震災と復興とバイク」についてこれまでどのように語られてきたのか、まとめてみました。
少し資料の引用が長くなりますが、参考までに地震から何日後・何か月後・何年後かを付記して並べてみます。
(以下、各資料のタイトル中、一部太字強調は筆者による)

1995年1月25日~30日(地震から8日目~13日目)

震災当時、バイク便会社「セルート」が、社を挙げて組織的なボランティア活動をされました

1995年1月~3月(地震当月から2か月後の間)
朝の出勤時、自動二輪が多い。国道2号(長田区あたり)で / 大木本美通」(神戸大学附属図書館・制作、震災記録写真No.1(1995年1月〜3月) / 長田区周辺(車中から))

朝、出勤の足はバイクに頼る(北長狭通3丁目、ガードの南あたりで) / 大木本美通」(神戸大学附属図書館・制作、震災記録写真No.1(1995年1月〜3月)/ 三宮〜北野界隈)

震災当時の写真記録はこれらの資料から知ることができます。とくに、セルートによるボランティア活動の記録は貴重な記録です。

1995年1月25日(地震から8日目)

オートバイ盗にご用心 : あたなのオートバイは二重ロックしていますか」『地域安全ニュース : 地震対策特集号(自身番)』東灘防犯協会、東灘警察署.

1995年1月25日(地震から8日目)
あなたの大切な自転車、単車が狙われています。」『地域安全ニュース : 地震対策特集号(自身番) = Never Give up / no.2』東灘防犯協会、東灘警察署、p7.

1995年1月27日(地震から10日目)
体育館前バイク駐車禁止」『ひなん新聞 : 神戸大学体育館・避難所』神戸大学体育館・避難所世話人グループ、(1)、p1.

地震直後、まず、バイク関連の文言が出てきたのは、防犯の呼びかけと、バイク駐車に関する問題でした。
もともと、山坂きつい神戸近隣ではバイク需要が高く、震災で鉄道や道路網が寸断されている中、ますますバイク利用に依存しなければならなかった状況が見えてきます。
今回の震災では、東北エリアは冬季の雪や凍結でバイク需要が少ないと思われがちですが、太平洋岸ではもともと雪が少なく、比較的、一年を通じてバイク需要が高い地域もありますから、今後は復興に向けて、バイクが必要とされていくこともあるのではないでしょうか。

1995年2月(地震の翌月)

自動車で動くより、バイク、自転車、徒歩で動こう!/村井雅清[話]」『てんと村だより』阪神大震災救援ぐるうぷ事務局、阪神・淡路大震災ちびくろ救援ぐるうぷ.

1995年2月(地震の翌月)
二輪車事故が増加中」『交通ニュース, 臨時号[1]』(16)5、須磨警察署交通課.

鉄道や道路網が寸断され、激しい道路渋滞が発生。「復興物資輸送ルート」の設定や、復興標章の交付などが行われていたことが思い起こされます。

1995年2月1日(地震から15日後)

「バイクで駆けつけてみて : タダの社会のようだ 兵庫県南部地震救援レポート」『けんさん』長塚久佳、幸福会ヤマギシ会本部、305、p7.

1995年2月1日(地震から15日後)
救援活動の足にオートバイ3台 : 小型自動車振興会」『赤十字新聞 = The Red Cross Journal』、日本赤十字社,644: p6.

地震発生から2週間あたりの資料では、救援のためのバイクの役割が見えてきます。

1995年2月3日(地震から18日後)

「火の海から追われる人たちの48時間 : 大渋滞すり抜けバイク・ルポ──関西大震災 : 特報」『週刊朝日』今西憲之、朝日新聞社、1995.2.3、100(4): pp37-39.

1995年2月16日(地震から30日後)
ガレキの中から自転車、バイク修理・販売 : 深江北町3丁目──エナジーリポート」『グリーンニュース』アドゲイン、 1995.2.16,2: p4.

地震発生から1か月あたりで、被災地の生活者にとってのバイクに対する活動が報告されるようになってきました。

1995年2月28日(地震から1か月と11日後)

自転車とバイクは気を付けて!」『デイリーニーズ : 生活情報かわら版』田中健一、ピースボート, 1995.2.28, 32: p1.

1995年3月(地震から2か月後)
二輪車の事故防止」『交通ニュース, 臨時号[3]』、須磨警察署交通課.

1995年3月(地震から2か月後)
バイク便 緊急輸送に大活躍 : 水、食料品から医療用部品まで : 料金の請求などで悩みも──「阪神大震災」における企業の災害危機管理 :災害発生時の各企業の対応」『ELNET新聞・雑誌記事データベースからの事例集』エレクトロニック・ライブラリー, p71.

地震2か月後には、被災地でバイクを利用する人に向けたメッセージが発信されています。被災地の生活に密着したバイクの姿が見て取れます。
また、企業活動の側面で、ボランティアとしてのバイク便ではなく、企業活動としてのバイク便が復興の一助になっている一方で、料金請求の問題が出てきたことが報告されています。

1995年・時期不明

オートバイ修理・診断」 [チラシ] 全国オートバイ組合連合会.

バイク関係団体によるボランティア活動の貴重な一次資料です。
全国オートバイ協同組合連合会では現在、宮城県の要請で、石巻地区の災害支援ボランティア活動を行っています。このときの経験が活かされていると言えましょう。

1995年3月(地震から2か月後)

バイク大震災を走る」『Asahi news shop』今西憲之、朝日新聞社、190p.

1995年3月15日(地震から約2か月後)

なぜミニバイクが最良の交通手段になったのか──第2章 避難生活」『週刊朝日 臨時増刊 大震災サバイバル・マニュアル : 阪神大震災が教える99のチェックポイント』週刊朝日編集部、朝日新聞社, p.33.

1995年4月(地震から約3か月後)
威力発揮したバイク 第2章 その時企業は / 8 復旧を陰で支える 」『阪神大震災その時企業は : 徹底検証・危機管理』日本経済新聞社, 1995.4, pp.86-87.

ミニバイクで食料運搬 / 吉田澄生[談] 第8章 会社で地域で / 3 街を見捨てられない」『阪神大震災その時企業は : 徹底検証・危機管理』日本経済新聞社, 1995.4, pp.251-252.

1995年4月(地震から約3か月後)
移動手段は : バイク、自転車が主役──第一章 生き抜くために / 地震直後」『大震災を生き抜く:「阪神」が教える危機管理』時事通信社編集局, 1995.4, pp.18-19.

地震から3か月ごろ、マスコミは、移動手段としてのバイクを評価する記事が掲載していたことがわかります。

1995年6月(地震から約5か月後)

バイクで水をピストン輸送(第1次支援)──特集阪神・淡路大震災 : 「こわれた街」ですすめた救護・医療活動と再建への努力 / 灰塵の中を奔走 / 2 支援活動の手記(保団連、協会機関紙より) 」『月刊保団連 / 号外 開業医4カ月の記録』宮崎学、全国保険医団体連合会、p.19.

1995年7月(地震から約6か月後)
弱者を救え ボランティア・バイク部隊出動 : 一月二十七日午後八時四十分」『阪神大震災 : 瞬間証言』岩下肇秀/浜口タカシ、 瞬間証言、pp. 141-143.

1995年9月(地震から約8か月後)
バイク便で試薬を搬送 : ベックマン社」『災害医療阪神・淡路大震災の記録 : 被災地の命はどう守られたか / 臨床検査 / 検査関連企業の対応から』薬業時報社、p159.

地震から半年前後の頃には、医療現場とバイクの関係についての報告が増えていきました。
今回の震災では、阪神淡路を教訓に、緊急輸送用の手段としてバイクをあらかじめ配備していた医薬品卸会社があり、いち早く医薬品の供給ならびに情報収集伝達していたといいます(NHKの報道による)。

1995年9月(地震から約8か月後)

「災害時の強い味方 : どんな道でもスイスイ : 消防用単車 : フォーカス」『じゃあなる』尼崎市秘書室広報課、810: 1.

1995年10月(地震から約9か月後)
バイトよりバイク情報隊 ; お片付け・ボランティア ; お米や調味料どうぞ : 朝日ボランティア基地29日」『行った出会った学んだ : 阪神大震災救援 : 朝日ボランティア基地の158日 / 158日の記録 : 朝日新聞コラムとボランティアたちの声 / 1月』朝日新聞厚生文化事業団、p9.

バイク隊走る / 分玉基弘:神戸学院大学」『行った出会った学んだ : 阪神大震災救援 : 朝日ボランティア基地の158日 / 158日の記録 : 朝日新聞コラムとボランティアたちの声 / 2月』朝日新聞厚生文化事業団、pp.15-16.

「仮設作業所の見通しついた ; さよならバイク隊 : 朝日ボランティア基地30日」『行った出会った学んだ : 阪神大震災救援 : 朝日ボランティア基地の158日 / 158日の記録 : 朝日新聞コラムとボランティアたちの声 / 3月』朝日新聞厚生文化事業団、p62.

地震から半年を過ぎ、「災害に強い」バイクの報告や、バイクを使ったボランティア活動の報告記事が出てきました。

1995年10月(地震から約9か月後)

「20数年振りに息子の単車で / 天野敏明:アサヒエンジニアリング──第3部 大地震と私 : 投稿手記」『阪神大震災物語 : たくましき中小企業家たちのたたかい : ヒューマンドキュメント』中外書房, pp.202-203.

1995年12月(地震から約11か月後)
国道2号線のオートバイの列」『激震 : 阪神・淡路大震災に学ぶ──暮しへの影響<社会科編> / 2 人々の動き』西宮市教育委員会, p38. 

1996年1月(地震から1年後)
寒い中でのバイク通勤」『そのとき普及員は : 阪神・淡路大震災における普及活動 / 震災を体験して / 震災の中で』川上信二:神戸農業改良普及センター、兵庫県改良普及職員協議会、p15.

1996年1月(地震から1年後)
バイクで現地走った : 情報収集、ゼロから出発──第1部 / 兵庫県南部地震から一年 / 座談会 : 苦労を被災者とともに : 「ボランティア活動」を語る : 各宗派青年僧 / 弱い立場の人々にまず救援の手 」『中外日報』橋本寛昌:全真言宗青年連盟事務局次長、小林浩輝:京都教区浄土宗青年会会長、村上教文:浄土真宗本願寺派高岡教区寺族青年会前会長、中外日報社、25402: p18.

1996年1月(地震から1年後)
地震後の鉄道復旧過程との関連で見た自転車・バイク利用特性」『阪神・淡路大震災に関する学術講演会論文集──総論・都市計画・交通計画・防災計画』新田保次/松村謙慶、土木学会、pp.673-676.
 
1996年1月(地震から1年と1か月後)
「地域の第一線医療を守ろう : 被災歯科医院を単車で廻って」『阪神・淡路大震災と歯科医療 / 第四部』岩倉政城:東北大学歯学部、兵庫県病院歯科医会、p128.

1996年5月(地震から1年と4か月後)
歩行者、原付二輪、自動二輪等専用道路のルート整備」『交通科学──阪神・淡路大震災と道路交通問題 : 小特集 / 提言』三戸秀樹、大阪交通科学研究会、1(2): p.82.

地震から1年後あたりから、学術的な見地による報告が増えてきました。

1997年3月(地震から2年と2か月後)

日本救難バイク協会 : BRS-J : Bike Rescue Society-Japan : ボランティアNOW」『HEART phoenix : 兵庫県災害救援専門ボランティアニュースレター』兵庫県知事公室消防防災課、3: p3.

1997年6月(地震から2年と5か月後)
「バイク便 : そう、漫画のタヌキ。服はどろどろっす」『ザ・仕事 : 阪神大震災聞き語り』宮沢之祐、神戸新聞総合出版センター、pp.81-85.

1998年2月(地震から3年と1か月後)
「報告 : バス・二輪車を対象とした震災時の補完交通システムの特性」『IATSS Review = 国際交通安全学会誌──特集大震災と道路交通』新田保次/松村暢彦、国際交通安全学会、23(3)、p.44-51.

1998年6月15日(地震から3年と5か月後)
震災時でのバイクの効用 : 読者のひろば : ボランティア情報」『防災情報新聞 PR版』秋谷良雄:山之内製薬取締役総務部長、防災情報新聞社, 15: p16.

1998年7月15日(地震から3年と6か月後)
「災害救援ボランティア講座第一期生国布田毅さん大いに語る : 被災現場からバイク救助隊構想が・・・ : ボランティア情報」『防災情報新聞 PR版』防災情報新聞社、16: p16.

地震から3年後あたりで、災害救援のバイク活用やバイクボランティアの組織化について、数々の報告が上がるようになりました。

1998年10月(地震から3年と9か月後)

被災者救援、買い出しなどに自転車やバイクが大モテ──第12章 犯罪・メディア・選挙 : 社会一般 」『「毎日新聞」が伝えた震災報道1260日 : 1995.1.17-1998.7.17』六甲出版、pp.763-764.

1999年1月(地震から4年後)
「平成九年度優秀賞「原付バイクによる簡易消火システム」: 大阪市消防学校・防災研究係 : 防災救命テクノコンペを実施 」『けんせつ近畿 こうなる近畿 = Kounaru Kinki』近畿建設協会、34(1): p.11.

1999年7月15日(地震から4年6か月後)
「阪神・淡路大震災あの時私は・・・ : ミニバイクで営業所を駆け巡り緊急指示 : 手記-激震地からの証言<シリーズ第7回>」『防災情報新聞 PR版』伊本壽和:前ヤマト運輸兵庫主管支店長・ヤマト運輸京阪主管支店長、防災情報新聞社、28: p14.

1999年12月(地震から4年11か月後)
「震災救援サポート : ジャパン・レスキューサポート・バイクネットワーク : 特集市民社会とNPO」『フォト』時事画報社、46(24) pp.12-13.

2002年7月(地震から7年6か月後)
無線とバイクで被災地情報をいち早く!/オートバイの機動力を救援活動に!」兵庫レスキューサポート・バイクネットワーク[談]、『HEART phoenix : 兵庫県災害救援専門ボランティアニュースレター』兵庫県企画管理部防災局防災企画課、24: p2-3.

2003年10月17日(地震から8年9か月後)
「全国のバイクボランティアを結ぶジャパン・レスキューサポートバイクネットワーク」『防災情報新聞 PR版』防災情報機構NPO法人、79: p5.

2004年12月(地震から9年11か月後)
「ボランティアでつくる災害ネットワーク : 災害救援専門ボランティア楠本正明さん(情報・通信 バイク分野)がパネリストで参加 : 防災ミニファイル」『HEART phoenix : 兵庫県災害救援専門ボランティアニュースレター』兵庫県企画管理部防災局防災企画課、34: p4.

2005年1月(地震から10年後)
復旧作業にバイク購入──第3章 悪戦苦闘の日々」『耐震サラリーマン : 震災復興の心得』佐藤訓行、中日新聞社、pp112-113.

2005年5月(地震から10年4か月後)
「赤バイク──第一部 10年の時を越えて / 第五章 特別フォーラム「私の10年」 / 震災エッセー「私の10年」」高橋和彦、『時を超えて阪神大震災10年』産経新聞ニュースサービス、pp. 110-111.

2005年7月(地震から10年6か月後)
「自動車・バイク・自転車」『震災が教えてくれたもの : 阪神・淡路大震災』金子裕永、創栄出版、pp.140-145.

2009年1月7日(地震から14年後)
ビッグバイクが災害時に出動 : 震災の教訓をもとに登録、消防出初式で初披露」(記者発表資料/神戸市ホームページより出力).

2009年11月22日(地震から14年10か月後)
「赤い単車息子の形見 : 北の大地一緒に走りたかった──一語一会 : 阪神大震災15年」[朝日新聞 2009.11.22付] 朝日新聞大阪本社, p26.

地震から3年以上経っても、いや15年経っても震災は種々の側面から繰り返し語られ、その経験から生まれた「バイクボランティア」や「バイクレスキュー」もありました。

以上のように、阪神淡路大震災の記録から考察するに、震災からすぐの時点では、鉄道や道路網が寸断されたために、被災地住民の皆さんがよりたくさんバイクを利用していたことがわかります。そこから派生して、バイク駐車問題や、バイク盗難問題が発生していたことがわかりました。
震災からひと月ほどは、救援活動のためのバイクが報告されています。また、市民の足がバイクに移行するに伴い、バイクユーザーに向けて交通安全の呼びかけがされていました。
地震から2、3か月すると、バイクによるボランティア活動や、医療品搬送などの報告が増えていました。
地震から1年後あたりでは、バイクによるボランティア活動の報告や、学術的見地による報告が見られました。
その後は数年かけて、バイクによるボランティア活動が組織化されていくこととなったわけです。

今回の大地震からもうすぐ1か月。まだまだ震災真っ只中という感じでもあるし、阪神淡路のときとは規模も特性も異なる側面が多々あります。しかし、歴史や経験から活かせる何かもあるのではないかと思い、今回、このように紹介した次第です。

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2011.04.01

【4月1日】究極のタフバイク、ET311をバイク4メーカーが共同開発中と4月1日発表【間違った情報にまどわされないようにしよう!】

自動車工業界ならびに日本二輪車協同組合では、「究極のタフバイク・ET311」をホンダ・スズキ・ヤマハ・カワサキ4社共同で、4月22日発売を目指して開発中であることを、4月1日、明らかにした。

ET311は、3月11日の東日本大震災を受けて、復興支援のためのバイクとして開発されているもので、

・究極の耐久性

・究極のメンテナンスフリー

・究極の航続距離

・究極のハイブリッド

・その他、復興のためのあらゆるユーティリティ搭載

を目的としたニューモデルであるとのこと。

これらの目的を達成するため、日本のオートバイ製造各社は、各社の持っている技術を惜しみなく投入し、また現在の工場操業停止も相まって、その間にできるだけ素早い開発と生産を進めて発売にこぎ着けたいとしている。

通常、バイクの開発期間は企画から生産開始まで9か月から1年かかっているが、4社の知恵を結集することで、30日+11日、合計41日間という世界最速の開発期間を達成することでギネスブック申請も目論んでいる

ET311の主要諸元は以下の通り。

・原動機種類……空冷・4ストローク・DOHC・4バルブ単気筒、ガソリン/LPGカセットボンベ併用ハイブリッドエンジン、ならびに電動回生モーター併用ハイブリッド

・総排気量…… 124cm3、ただし今後249cm3、49cm3も開発予定。

・内径×行程……N/A、圧縮比……N/A、最高出力……N/A、最大トルク……N/A

・始動方式……セルフ式のほか、キック式も併用。また、別添のペダルを取り付けることにより、電動アシスト化も可能(ヤマハ発動機のPASの技術提供による)。

・潤滑方式……N/A

・エンジンオイル容量……N/A (ただし、10,000kmメンテナンスフリーのオイルを充填済みで出荷するとのこと)

・燃料タンク容量……4.0L(レギュラーガソリン)、またはカセットボンベ(250g、液化ブタンガス)1本。

・バッテリー容量/種類 ……12V-4Ah(10h)/4L-BSクラス搭載の他に、AC100Vインバーター用の予備バッテリー搭載

・1次減速比/2次減速比……N/A

・クラッチ形式……自動遠心式オートマチック、ただしハンドルのスイッチでスーパーロー/ロー/ハイの3段階に速度/トルク調整が可能

・変速機形式…… Vベルト式無段変速

・シート高……700mm程度を目標。低シート高にすることで、女性や小柄な人の乗り降りを楽にするとともに、リアの積載部分を低くして積載しやすくする。

・軸間距離…… 未定、最低地上高……未定

・車両重量…… 100kg程度を目標とする。

・舗装平坦路燃費……120.0km/L(60km/h)。運輸省届出値は60km/h走行時の数値だが、より実用的な40km/hの燃費目標は160km/Lを目標としている (ガソリン内燃機使用時)。電動回生ハイブリッドやガスカートリッジ缶ハイブリッド使用時にはさらに倍の300kmから360km/Lを目標とし、一回の満タン(レギュラーガソリン約3リットル500円分程度)でガソリン内燃機使用時には500km弱、ハイブリッド使用時には1000km程度走れるバイクを目指す。これはもちろん市販車としては世界最長の燃費と航続距離であり、1回給油すれば1日50km程度走るとして、1週間から3週間は走れる計算となる。もちろんギネス登録を目指す。

・フレーム形式……バックボーン式(アルミ/鉄のハイブリッド)

・キャスター/トレール……N/A

・タイヤサイズ(前/後)……N/A (前後12インチ前後を予定。新開発のパンクレス・チューブタイヤを搭載する予定)

・ブレーキ形式 (前/後)……ケーブル式ドラムブレーキ

・懸架方式 (前/後)……テレスコピック式/スイングアーム式 (前後ともにカセットタイプのサスペンションを搭載)

・ヘッドランプ種類……LED式。ヘッドライトごと取り外し可能。ポータブルライトのための充電池搭載。

・乗車定員……2名

ET311のその他の性能・機能・特徴として二輪組合では以下を挙げている。

・外装は割れやすいABS樹脂ではなく、割れにくい樹脂とメタルパーツを多用する。メタルパーツは、W800で生産ノウハウを持つカワサキが、震災の影響を受けず、また近年は中国にその仕事を奪われつつある関西圏の木型・金型職人/工場のネットワークを駆使して開発。スズキの軽自動車生産技術を盛り込み、大量生産・低価格の金属外装パーツ開発を目指す。

・外装の一部には、太陽光発電パネルを使用し、アクセサリーやバッテリーに充電する装備を搭載。太陽光発電の技術は、ホンダの関連会社、ホンダソルテックの技術を用いる。

・メーター周りには取り外し可能な携帯ラジオを盛り込むが、これはゴールドウイングシリーズやホンダアクセスのオーディオアクセサリーでバイク用アクセサリー開発技術の蓄積があるホンダの技術を盛り込むという。

・フレームは低価格な鉄か軽量のアルミかで会議が紛糾したというが、100%リサイクル可能なアルミを用いることで議論が集結。今後、リサイクルの側面でもエコをアピールできるということで、アルミフレーム生産技術では一日の長があるスズキの技術をもって開発に取りかかっている。

・ユーティリティとして、取り外し可能なヘッドライト、取り外し可能なラジオ付きメーター(時計付き)の他に、メットイン(ホンダ(R))スペースには走りながら充電可能な100Vコンセントを2口備えており、携帯電話などを充電することができる。また、蓄電池はインバータ付き100vコンセント付きの取り外し式のため、走りながら回生ブレーキで蓄電し、停電時の非常用バッテリーとして100vの家電製品に電気を供給することができる。

・リアシートは堅牢なキャリアを搭載。60kgの積載に耐える他、ヘッドライト下のキャリア、ハンドル下ポケット、足元にも荷物を搭載しやすい装備を搭載するという。

・なお、ET311は公官庁向けの特装車も同時に開発されており、カワサキは自衛隊納品の実績(例:三沢基地の偵察バイク演習)、ヤマハはパトロールセロー(消防用)納品の実績から、公官庁対応モデルには各々の技術を盛り込むこととなっている。

ET311発売にあたって、一番の問題は、運輸省の許認可関係である、とのこと。
ET311は別添のペダルによって「電動アシストの単なる自転車」として、動力を使わずに漕いで走ることもできるが、現状、道路運送車両法に依拠した法律では、内燃機や動力を積んでいるというだけで運転免許が必要かつヘルメットの要る軽二輪または原付扱いとなってしまう。

これに対して関係者は、

「そもそも二輪車は押せば歩行者扱い。ということは、エンジン切って漕いで走れば単なる重たい自転車なのは明瞭明白。かつて、屋根を支柱で支えているからってどうしてジャイロキャノピーが四輪扱いなんだぉ。どう考えても三輪じゃね?つか50ccなんだし原付免許でいんじゃね?ということで、過去に法の解釈をなんとかさせた実績のあるメーカーさん、今だったら、DN-01は680ccだから大型二輪のMT免許が必要だけど、どう考えてもATだし大型二輪AT免許が650ccまでの規制ってどうなのよって陳情もこっそり混ぜて、一番、官庁に地理的にも近いメーカーさんが対応したらよいと思いますよ、って西の方3社から右を向いてお願いしているところです」

との実情を話してくれたとか、くれないとか。

このような混乱の中、生まれようとしているET311のネーミングは、

Earth Tough 311

の略称であるという。

価格は、31万1000円(税込み)を予定。

カワサキは住友ゴム工業本社(神戸)が近いためタイヤの調達と外装メタルパーツ関係の生産、スズキはアルミフレームの生産とメタルパーツのプレス生産、ヤマハはスウェーデンからの復興支援パーツとしてすでに海運中というオーリンス製のカートリッジ式サスペンションを準備するとともに、電装パーツをかき集めているとのこと。ホンダは熊製でエンジン関係のフル生産に入るとともに、最終的に東北・北関東方面に出荷しやすくするため、栃木工場に組み立てラインを設ける予定だという。

このように、4社の共同開発は至上初めてのことで、4社の文殊の知恵を集めることにより、究極の開発スピードで究極のタフバイクを実現させることにより、中国を始めとする海外メーカーの追随を許さないとともに、災害支援バイクとしての価値を世界に知らしめ、災害対策用バイクとして世界市場に売り込むとともに、ニッポン製バイクの復権を目論む算段である。

なお、本日は4月1日です。

間違った情報にまどわされないようにしよう!!

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