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2011.03.09

なぜ学校教育では満足な交通安全教育が行われてこなかったのか? PART2 ~80年代の高等学校の時代的背景を考察する

先日は「なぜ、学校教育で満足な交通安全教育が行われてこなかったのか」について、国の制度的な課題を指摘しました。

なぜ、学校教育で交通安全教育が取り入れられていないのか。
結論としては、幼稚園や保育園から、小学校・中学校の義務教育、高等学校に至るまで、教育を担う教員の育成システムの中に「交通安全教育」が取り込まれていない、つまり、「交通安全教育を学校で教えられる人がいないから」というのが、実態でした。

さて、前回のコラムを読んで、興味深い話題を提供してくれた方がいらっしゃいました。仮に川崎の田中さん(仮名)といたしましょう。

前回のコラムでは、学校ではしかるべき交通安全教育をすべし、という昭和61年(1986年)文部省通達を長く引用しましたが、それはもしかしたら、自分が高校生の頃に「3ナイ運動」に対する憤りと、当時の恩師のアドバイスが元になって書いた提言書が元になっているのではないか、と田中さんは言うのです。

その真偽のほどは、今となっては確かめる術もありませんが、1980年代の社会状況を改めて振り返ってみて高校の場合、教える人がいなかったから学校で交通安全教育が進まなかっただけでなく、田中さんとの話で、もう一つの理由があることに気付かされました。

●1980年代の社会的背景と学校現場

ここで、1980年代の社会的背景と学校現場、そしてバイク業界の歴史を振り返ってみましょう。

1970年代は、60年/70年安保闘争に端を発した学園紛争、学生運動がピークを迎えた時期でした。
警察が大学に鎮圧に向かう一方、社会や大学教育のための闘争ということで、世論は学生運動を支持する向きもありました。
また、大学での学園紛争は一部、高校にも波及しました。

高校生はいわゆる「詰め込み教育」と呼ばれた教育課程がピークに達し、1979年には国公立大学入学のための5教科7科目の共通一次試験が始まります。

いっぽう、バイク業界をめぐる状況が一気に変わっていったのが1980年代という時代です。

●1980年代のバイク業界は

1970年代、原付はスーパーカブ系の業務用、大型バイクはホンダのドリームCB750Fourなどを中心に高価な趣味ためのバイクという位置付けでした。しかし、どちらもユーザーの中心は男性でした。

状況が一変したのは、1976年のホンダ・ロードパル(ラッタッタ)、1977年のヤマハ・パッソル両モデルの発売です。
足を揃えたまま乗れる原付スクーターは、1979年の第二次オイルショックも相まって、それまで運転免許を取ることも珍しかった女性を交通社会の現場に引っ張り込み、いわゆる「YH戦争」と呼ばれる激しい販売合戦を引き起しました。

スーパーやファミレスの店頭ですら売られていたという、これらの原付スクーターの出現は、社会に「二輪車」「バイク」が完全に認知された一番のきっかけだったように思います。

そして1980年代、第二次暴走族全盛期がやってきます。

●暴走族と高校

反社会的なバイク集団は、昭和30年代から40年代前半(1960年代ごろ)、富裕層の子息を中心とした「カミナリ族」という形で現れました。

その後、1970年代には不良少年たちが「走り屋」的な行為をメインとした第一次暴走族全盛期がやってきました。一部は対立集団との暴力的抗争などもあり、全国的な社会問題へと発展しました。

1980年代の第二次暴走族全盛期は、反社会的行為──例えば、大きな音を立ててわざとゆっくり走って通行を妨げる──を行うことがメインの活動になってきました。

学生運動と違って、暴走族の目的は反社会的行為ですから、国や警察は反社会的集団として厳格に取り締まりましたし、世論もそれを容認していたと考えられます。

暴走族の属性は社会からドロップアウトした(と思っている/思われている)社会的マイノリティの15歳から18歳の高校生にあたる年齢層が中心で、中には中学生もいて、18歳になると「引退する」というのが一般的な彼らのライフコースでした。

暴走族の低年齢化は、YH戦争で家庭の主婦がバイクに乗り始めて社会で一般化したことも多少は影響しただろうなと推測します。

しかし、低年齢化した第二次暴走族は学校教育現場にやっかいな問題を引き起こします。

教育現場に反社会的集団を入れるわけにはいきませんから、1982年には全国PTA連合によって「免許を取らない」「乗らない」「買わない」のバイク「3ない運動」が始まります。

これに対して、学校教育の現場では先にも述べましたように、交通安全教育を行える「プロ」がいませんから、外部の力に頼るしかないのですが、それがやっかいなことに学校の現場には入れたくない「警察」だったりしたわけです。

つまり、高校で交通安全教育が進まなかったのは、暴走族全盛期と、教育の現場に警察を入れたくないという二つの背景が相まって、結果的には「3ない運動」で思考停止してしまおう、という方向になっていったのだと考えられます。

●「3ない運動」から「乗って教える」へ

さて、話は川崎の田中さん(仮名)に戻ります。
1980年代前半の高校には、交通安全教育を目的とした警察の啓蒙活動ですら微妙な空気があったといいます。
そこで誕生したのが、女性白バイ隊だったはずだ、と田中さんは言います。

確かに、神奈川県警のWHITE ANGELSホワイトエンジェルスは、昭和61年(1986年)9月16日に結成された、とホームページに書かれています。

1986年と言えば、3ない運動が逆に火を付けたとしか思えない、「空前のバイクブーム」がやってきたときでした。時代は空冷から水冷へ、クラシカルなネイキッドからフルカウルのレーサーレプリカへ、バーハンドルからセパレートハンドルへと、バイクのスタイルが一変した頃です。

ホワイトエンジェルスの任務・使命の第一にはなんと、「二輪車安全運転講習」が掲げられているのです! なるほど、田中さん(仮名)の話に合致します。

そして、神奈川県警のホワイトエンジェルスは交通取り締まり活動はしないと聞きます。(なお、全国各地で女性白バイ隊員が交通機動隊などに採用されて男性同様に交通警邏を行っている例も多々あります。)

学校に入る警察は、表面的には「取り締まりが出来ない警察」である必要があったのではないか、と言うのです。

●交通安全教育のプロはいずこに

とはいえ、例えば神奈川県内だけでも公立・私立高校は200校以上もあるわけで、女性白バイ隊員さんだけではとても満足な交通安全教育がまかなえるとは思えません。

また、運転免許センターなどで行われている二輪車教室は、基本的には能動的に応募してきた人を対象してしているし、バイクの免許がある人だけを対象としていますから、歩行者や自転車運転の立場での包括的な交通安全教育を児童・生徒に行えてはいないのです。

全国二輪車安全普及協会(二普協=にふきょう)や二輪車安全運転推進委員会(二推=にすい)の指導員も交通安全教育を行っていますが、やはり能動的に受講するバイクユーザーを対象としています。

では、誰が学校教育現場での交通安全教育を担っていけばいいのでしょうか。

わたしの提言は、指定教習所の教習指導員資格取得者をもっと活用すべきではないかということです。

教習指導員の資格は、指定教習所で学科教習や実技教習を行う際に必要な国家資格で、その合格率は50%程度と、国家資格の中では難関の部類に入ります。
その内容は、道路交通法を丸暗記しなければならないだけでなく、クルマの運転実技も伴わなければならないものです。

基本的には教習所に就職して初めて資格審査が受けられる仕組みになっており(例外もごく一部ある)、資格取得後、教習に従事するには、年2回の法定講習を受けなければならないなど、厳しく資格が管理されており、常に最新の道路交通法に精通しているのが教習指導員さんたちなのです。

そんな教習所にも少子化の流れがあり、年に10校づつくらい閉校されています。
メーカー直系の教習所も例外ではなく、ホンダの鈴鹿サーキットモーターサイクルスクール、カワサキのカワサキライディングスクール(明石)は2009年に閉校しました。

とはいえ、厳しい資格審査をくぐり抜けてきた「教習指導員」さんは全国に数万人もいます。結婚や出産、定年などで退職された元指導員さんなどは、交通安全教育にとって社会的資源として大きな役割を担えるのではないかと思うのです。
教習指導員なら、二輪に限定されることなく、幼稚園・保育園生から高校生、大学生、はては企業従業員や高齢者まで満遍なく交通安全教育を行うことができるでしょう。

運転免許を取得してバイクやクルマに乗っている方なら感じると思いますが、運転免許試験に合格した人でも「おや?」「あれ?」「一体どうすればいいの?」と思うような複雑な道路状況や道路交通法との矛盾を感じることがあると思います。

かように難しい道路交通法や交通安全教育を、いまさら交通安全「素人」の学校教員に課すのではなく、むしろ「交通のプロ」である「教習指導員」に委託するような仕組みができないものか。

高等学校で交通安全教育が普及しにくかった理由、そして誰が学校教育現場で交通安全教育を担えばいいのか。川崎の田中さん(仮名)との話を通じていろいろと気付かされたのでした。

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